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団体活動報告

特別対談 エキスパートに訊く: あるべき医療技術評価(HTA)の未来像とは

2018年9月1日

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イノベーションと持続可能な保険医療システム実現のための効率的・効果的な医療制度の構築は、世界共通の課題となっており、日本でも医療技術評価(HTA:Health Technology Assessment)の導入が検討されています。2016年度に、費用対効果評価の試行的導入が実施され、本格的導入に向けて動き始めています。今回、国際医薬経済・アウトカム研究学会(ISPOR)の日本開催で来日されたヨーク大学医療経済研究所教授Michael Drummond氏、SDAボッコーニ経営大学院の政府・保健・非営利部門副学部長で、ボッコーニ大学社会政治学部准教授のRosanna Tarricone氏に加え、AMDD医療技術政策研究所所長の田村誠氏および加藤幸輔会長を含め、4者で活発な意見交換をしました。

日本でのHTA導入の評価

加藤: 日本のHTA導入に向けて、今日は皆様から忌憚のないご意見を伺えればと思います。

Drummond: 私がまず気になったのは、日本は既存の薬価制度システムを維持したまま、HTAを導入しようとしていることです。この2つは互いに相容れない部分があるからです。仮に現在の価格決定システムをそのまま維持するとして、HTAがどう影響するのかを考える場合に、最初に価格設定されてからの期間に蓄積されたエビデンスがその議論に役立つと考えられます。

企業はもっと多くのデータ収集をするためのモチベーションを持つべきです。価格設定から改定までの3年間に、医療機器の臨床的・経済的な価値を示すことができれば、それは企業にとって大きなメリットであり、十分なモチベーションになるでしょう。

田村: 日本では詳細はまだ確定されておらず、言われるとおり、政府は現行の薬価制度をHTAに置き換えてはいません。フランスは元の償還方法を維持しながら、HTAシステムを導入していましたが、フランスのようにうまく機能することはあるでしょうか。

Drummond: 長期的にみて、HTA導入という前提があるなかで、現在の方法での価格設定は意味をなさないと思います。政府の立場からすると、HTAはうまく機能する価格設定システムのように見えますが、現段階ではまだ実験的です。

もうひとつ言っておきたいことは、HTAを導入した国は、政府がそれをもとにどのように政策決定していくかという、さらに難しい問題を突きつけられているということです。

これを最初に実施した国はオーストラリアでしたが、私はこれについて論文を書きました。論文はこのプロセスを始めた自分自身に打撃が返ってくる可能性があるという意味で、「ブーメランの先端」と呼ばれました。私が言いたかったことは、業界の立場としてはこれを実験とみなすことです。企業と患者の両方の助けとなる優れたエビデンスを生み出すために、医療機器の有効性と安全性に関する十分な情報、ユーザーである医師との意思疎通など、得られる様々なデータをどのように利用するかを確認するチャンスと捉えるべきです。

Tarricone: Drummond先生にまったく同感です。日本政府は基本的に、価格抑制の手段としてHTAを利用しているように思えます。HTAはそもそもコストを抑制するためのものでしたが、最近では価値あるものには対価を払い、必要でないものに資源を費やすことのない有効な考え方だと認識されています。

HTAを導入しようとする国は、それが自分たちの立場を守るための手段であり、コストを抑えたりするための口実として使う傾向が強いと感じます。

日本でもそうなのだとしたら、Drummond先生がいう優れたエビデンスを生み出す利点に加えて、業界はもっと患者に力を与える努力をすべきでしょう。日本の患者の立場は弱いので、企業がサポートをして、もっと強い主張を持ってもらうようにすべきでしょう。

Drummond: ひとつできることとしては、様々な国のHTAを研究することにより、利害関係者の関与レベルと政策決定の透明性のレベルをもっと理解することです。今回の ISPORでも、アジア各国の患者参加に着目したセッションがありました。イギリスでは、国立医療技術評価機構(NICE)で各委員会に患者代表を置き、様々な場で発言する機会があります。日本ではまだ始まったばかりですが、私は患者の参加については楽観的に見ています。

 

価格設定について

田村: 日本では、HTAはおそらく価値に基づく価格設定の領域で導入されます。現在の試験的導入では、償還価格が引き上がる可能性があります。実際、ある医療機器では償還価格が引き上げられました。

Drummond: 価格設定はどのくらいの価値を見出したかに応じて変えるべきなのですが、実際は価格を下げることはできても上げにくいのです。イギリス政府はHTAには価格の柔軟性があるといっていますが、それは一方向の柔軟性なのです。

加藤: イギリスでもですか?

Drummond: ええ。というのはHTAに基づいた価格の例は多数あり、政府が望んだ価格よりも高いこともありますが、多くは価格が下がるか、同水準を維持している例ばかりです。しかし、ヨーロッパ諸国での問題点は、中央政府の政策でなく医療制度における調達段階にあります。人は一般的にその機器の性能を考慮せずに最も安い価格に飛びつこうとします。これは企業にとって中央政府で起こる問題よりもずっと厄介だと私は思います。

Tarricone: 企業にとってそれは将来的に難しい問題となると思います。真に価値を評価する方向へ進むなら、競争はますます厳しくなるでしょう。標準治療と比較した付加価値を示すためには、その製品には現在や過去の状況に比べて高い研究開発コストが含まれることになるからです。おそらく全体的には、真の付加価値をもつ新たな医療機器を生産するコストは高くなるでしょうが、一方で政府がいう価値の概念は、Drummond先生の言うように一方向であると思われます。

(左から)Drummond氏、Tarricone氏

HTAの課題

田村: 日本では費用対効果評価の対象範囲をどうするかもまだ決まっていません。現在のところ、試行では既存の製品をHTAの主な対象としています。そこでお聞きしたいのですが、英国はかつて既存製品を対象とした複数技術評価(MTA)を実施していましたが、現在は主に新製品を対象とした個別技術評価(STA)に焦点を当てています。英国はなぜ既存の製品に注目しなかったのでしょうか。

Drummond: 既存の治療とは製品ではなく、治療の種類を示す場合もあるということです。心臓に障害のある人が頻繁に入院するというようなことです。検討すべき既存の製品がある場合は、価格設定という前提で理解しますが、私は現行の標準治療のコストについての話をしており、製品がなくても、治療コストはゼロではないのです。

加藤: 日本では昨夏、増分費用効果(ICER)の閾値をどうすべきかについて、大きな議論がありました。最終的に誰も価格や方法を決定することができませんでした。とりあえず500万円、3万ポンドくらいということになったのですが、これについてどう思われますか?

Drummond: イギリスは閾値を規定しますが、実際にヨーロッパのほとんどの国は閾値を決めていません。固定された閾値がある国はどこも常に柔軟性をもたせています。本当に支援したい技術があっても、閾値を少しでも超えたら改善を求める主張があるかもしれません。しかし、閾値がなくても、12種類のHTAがあれば、12種類の治療措置の質調製生存年(QALY)あたりの費用が比較されることになるでしょう。閾値がなくても、価格に見合った価値について考える必要があるのです。閾値を排除できても、価格に見合った価値を考慮することは排除できません。

田村: 多くの人の同意をどうやって得るかにかかっていますね。

Drummond: イギリスでは最初、NICEは閾値を設けないと言っていました。その後、最初の50件の決定内容の研究をした人がいました。その結果、QALYあたり2万ポンド未満の技術であれば成功する可能性がきわめて高いものの、QALYあたり約3万ポンドの場合は、成功の確率が極めて低いことがわかりました。そこでNICEは、一定の範囲を設けると言い、私の同僚もその研究をしたのですが、その結果、さらに低い閾値が提案されました。新技術を導入する場合、それに費やす資金を作るために何かをやめなくてはならず、それによって何を失うかに基づいた結果です。NICEは低すぎて受け入れられないという見解でした。一方、支払い側は低い閾値が良いと言います。業界がその製品が費用対効果に優れているという十分に質の高いエビデンスを示すことができたなら、それを本題とすべきだということです。

加藤: 今、我々にできることは何かありますか。

Drummond: 業界団体の問題点は、医療機器の分野の企業規模の大きさです。エビデンスを作り出すためのリソースを豊富にもつ大企業もあれば、それが難しい小規模企業もあります。そのため業界団体にとっては、いかにして小さな企業に利益をもたらすと同時に大企業にも利益をもたらすかということが大事になります。これはかなり難しい課題といえるでしょう。

この種の研究を実施する医療機器会社をもっと奮起させるにはどうすればよいかというテーマの論文を、私は共同で執筆しました。現状は、多くの場合は大企業がその製品を最初に開発し、研究を実施し、その後参入するどの企業も、うちの製品はあの大企業の製品と同じだというようになります。私たちの主張は、大企業にあらゆる研究の費用を払わせるのではなく、登録があれば、登録された機器を使用する患者の数に比例して研究費を支払えるようにするというものです。そうすれば小企業が研究に貢献することができ、多数の機器を売り上げてきた大企業ほど高額な支払いはせずにすみます。これは良いアイディアだと思ったのですが、残念ながら、今まで誰もやっていません。

Tarricone: 将来性のある企業からなる業界には、大学と連携して、医師や患者の全体的な知識の活用やそのレベル向上に貢献する社会的責任があるとも思います。そうすることで、価格抑制の手段ではなく、予算配分の手段としてのHTAの正しい概念を理解できるでしょう。正しい方法での値引きとサービスです。

加藤: 本日は有難うございました。優れた制度にしていくために、これからも日本のHTA導入に対して、ご助言や知恵をいただければ幸いです。

(左から)加藤氏、田村氏

各氏略歴

Michael Drummond 氏

ヨーク大学医療経済研究所教授。ヘルスケア分野における治療やプログラムの経済評価を専門とし、高齢者、新生児集中治療、予防接種事業など幅広い領域の経済評価に従事。シティ大学(ロンドン)、エラスムス大学(ロッテルダム)、リスボン大学名誉博士。

加藤 幸輔 氏

米国医療機器・IVD工業会(AMDD)会長。エドワーズライフサイエンス株式会社 代表取締役社長。

Rosanna Tarricone 氏

SDAボッコーニ経営大学院 政府・保健・非営利部門 副学部長、ボッコーニ大学 社会政治学部准教授。主な研究領域は保健医療管理、保健サービスの経済分析、医療政策、医療技術評価など。イタリア国内外の公的機関や民間組織のアドバイザーを務める。

田村 誠 氏

一般社団法人 医療システムプランニング 代表理事、国際医療福祉大学大学院特任教授。2017年よりAMDD医療技術政策研究所所長、医療機器センター医療機器産業研究所上級研究員。

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