一般社団法人 米国医療機器・IVD工業会

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コラム

バイオテクノロジーの力 ─生体弁の発達と患者QOL─

2019年2月2日

キーワード

心疾患のひとつ心臓弁膜症は、感染や高血圧、動脈硬化、リウマチ熱などの何らかの原因で弁に損傷を受けることによって、心臓本来のポンプ機能が衰える病気です。

心臓は1日に10万回収縮して、ペットボトル(2リットル)3,600本分の血液を身体中に送り出しています。その心臓を通過する血液の流入と流出を調節し、一方向に円滑に流す役割を担っているのが弁膜です。弁には、右心房と右心室の間に三尖弁、右心室と肺動脈の間に肺動脈弁、左心室と左心房の間に僧帽弁、左心室と大動脈の間に大動脈弁の4つがあります。このうち、ポンプ機能の負担が最も大きいのが大動脈弁と僧帽弁といわれ、弁腹が厚くなったり硬化したりして弁口が狭くなる弁狭窄や、弁の変性により血液の逆流を生じる弁閉鎖不全を生じると、悪化すれば呼吸困難、水腫、静脈怒張などを伴う心不全に陥ります。

人工弁置換術のメリット

弁膜症の内科的治療は、心不全に対する薬物療法です。利尿薬、強心薬、血管拡張薬(血液の固まる作用を弱める薬)が最も多く使われますが、心臓にハンディーをかかえたまま機能し続けるように促す治療となるため、患者の生活の質(QOL)は必然的に低いものとなりがちです。

患者QOLを考えると、早い段階から外科治療を行うことが望ましいのですが、現在の日本では、疾患が進み、薬物では心臓への負担が抑えられない場合に、弁の修復などの外科治療を行う例が多く見受けられます。人工弁置換術は、機能が低下した弁に代わって人工の弁で代用するもので、米国で約50年前に考案され、材質や機構の改良が大きく進んでいます。

日本での弁置換術は年間、約11,000件です。これは米国に比べ、1/8~1/5といわれます。人工弁には機械弁と生体弁があります。日本での現在の生体弁の使用率は30%、機械弁は70%。米国の生体弁使用率は60~70%で、高齢者に対する手術の機会が増加し、年々、生体弁の割合が高くなっています。日本でも生体弁の使用率は高まってきており、国内のある病院では、心臓弁膜症患者のうち1/3~1/2が生体弁を選択し、良好な結果が得られているという報告もあります。

生体弁と機械弁

生体弁は、ブタの弁膜組織やウシの心のう膜組織を用い、細胞工学(ティッシューエンジニアリング)を用いた医療技術によってヒトへの移植に適するように培養・処理して形成したもので、材料と血液の生体適合性がよいのが特長です。血栓が生じにくいため、抗凝血薬の服用も術後数カ月のみでよく、副作用の懸念を回避できることは弁膜症患者のQOL向上にとって大きなメリットです。ただし耐用年数は13~15年と制限があることから、一般には65歳以上の高齢者に適応されています。

しかし近年になって、材料の処理技術やデザインの改良が飛躍的に進み、毎年の調査で耐用年数が18~19年にまで延びてきている使用症例も出ています。

機械弁は特殊な樹脂や金属でできており、耐久性に優れているため生涯使用できる可能性が高く、再手術の必要性が低いのが大きなメリットです。比較的、若年層の患者にすすめられますが、その材料が体内で異物と認識されるため血栓ができやすいという弱点をもっています。医師の厳密な管理の下に抗凝血薬を一生服用し続けることで、血栓塞栓症を防止しなくてはなりません。スポーツ選手などケガの恐れが高い職業の人や、出血性の潰瘍などをもつ患者、妊娠を希望する女性への使用は難しいといえます。

生体弁と患者QOL

生体弁の使用によって、薬物療法による"だましだまし"の生活から一転して普通の生活を可能にすることができるようになりました。また、以前は体内で弁の動きが突然壊れることで死につながる危険性のあった機械弁も、最近は高度な弁機能が証明されました。術後の患者QOLを向上させるためには、医療技術の発展に伴い、個々の疾患や年齢、ライフスタイルに応じた治療法を選択することが重要だといえるでしょう。

生体弁の安全性

生体材料に関しては、牛海綿状脳症(BSE)の問題により、日本ではEU諸国等からの輸入禁止措置に加え、トラッキングの徹底など、独自の厳しい規制が設けられています。ウシの心のう膜組織は、WHO/CPMP(Committee for Proprietary Medicinal Products)のBSEリスク分類基準にも最も低いリスクの部位に分類されており、食用ミルクと同基準の安全性が認められてます。また医療用具の減菌に関する世界的な基準も満たしています。

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