関節の病気-人工股関節で気分まで若返る
K・Oさん
(54歳・女性・北海道)
私が初めて左太ももの痛みに襲われたのは26歳のとき、田沢湖(秋田県)への2泊3日のスキー旅行でした。山のてっぺんから何回も滑り降りているうちに、足が痛くなって動けなくなってしまったのです。ちょっとした階段を上ろうとしても、もう脚が動いてくれません。
病院でX線写真を撮って調べてもらったところ、「変形性股関節症」でした。どうやら左の股関節の一部に変形が見られ、骨盤側の骨が半分ほどしかなく、「いつかは手術が必要になる」と言われました。そう言えば、中学から高校のころ体育の時間のあと足がだるくなりました。駆けっこは速くてリレーの選手でしたが、そのあと切り落としたいくらいのだるさに見舞われたものです。
更年期過ぎから歩行に障害
「あなたは赤ちゃんを産むのは無理だ。お腹に赤ちゃんが入ると、その重量で股関節が外れてしまう」と言われたこともありましたが、その後ちゃんと子どもも産んで育て上げ、そんなことをほとんど忘れていました。しかし疲れたとき左の脚がだるくなって痛むことがあり、ついに更年期過ぎから片足を引きずり、体が揺れて左に傾くなど歩行障害が目立ってきました。脚の筋力が弱ってきたせいでしょう。痛くてカイロプラクティックなどにかかったとき、痛いところを無理にねじられたためか痛みが激しくなり、杖を突き始めました。
私は仕事を持っていますから、「何とか治して、以前と同じように動き回りたい」と札幌で整形外科を受診しましたが、手術をすればリハビリを含めて3カ月間かかるというのです。それでは会社がどうなるか分かりません。そんなとき知人たちから「2週間の入院で帰れる病院が鎌倉にある」という耳寄りな話を聞き込みました。その中に股関節症で両脚の手術を受けた体験談も含まれていました。痛み止めを飲んでも深夜に目が覚める苦しさから解放されるには、もうこれしかないと私は心に決めたのです。
湘南鎌倉人工関節センターで2005年11月、初めて平川和男先生の診察を受けましたが、すぐに手術というわけには行きませんでした。実は注文の多いお医者さんだったのです。「手術前に脚以外の健康診断を受けてきてください」とおっしゃるのです。心臓が悪くないか、糖尿病がないか、胸のX線写真に異常が認められないか、虫歯をきちんと治療しているか……。虫歯に気をつけるのは、虫歯菌がもとで血液の通わない人工股関節の周辺に感染が起こっては困るからということです。
私は、頭の血管が細いと言われたことがあったので、念のために脳ドックにも入りました。一番大変だったのは「5キロの減量」です。ぜい肉が少なければ、切り開く太ももの傷口も小さくてすみますし、埋め込んだ人工股関節のすり減り方も最小限に抑えられます。そして初診から7カ月後の2006年6月、体重を4.5キロ減らしたところで先生の手術を受けました。その後まだやや太り気味なので、また先生から体重を調整するようにと注意されています。
ぐっすり眠れて杖も不要に
日本人の股関節症のほぼ8割は生まれつきのものといわれますが、私の場合も股関節のかみ合わせの悪さが原因だそうです。大腿骨の上端の丸いボールは正常でも、おわんのように骨盤側から覆っているくぼみが浅いため、接触部分がずれやすくて幅広く動き、骨の長さが2センチもすり減っていたのです。これでは体が左側に傾き、歩きにくくなるのも当然です。
私の入院期間は12日間でした。手術の日は点滴をぶら下げていたり、手術した部分に血液がたまらないように引っ張るバッグをぶら下げていましたが、翌日からトイレやシャワー、補助具を使って歩行練習もしました。ともかく早期の社会復帰をめざして精一杯リハビリに励みました。杖を突いて階段の上り下りができるようになれば、いつ帰ってもいいというのです。
手術の前後で一番変わった点は、痛みがなくなって夜もぐっすり寝ることができるし、杖がなくても歩けるようになったことです。両脚の長さが等しくなったおかげで、もう体が揺れたり足を引きずることもありません。だから人から見ても歩く姿は普通の人と変わりなく自分自身も若返った気分で、以前以上に明るく生活できるようになりました。あとは無理をしてたくさん歩くのが好ましくないと平川先生より指導されていますが、両脚に筋力をつけるために1日6,000歩ほど歩くように努めています。
私は商用で飛行機に乗る機会が多いのですが、先生が用意してくださった証明カードがとても役立っています。ボディーチェックのとき金属製の人工股関節が反応しても、人工股関節の写真付カードを見せれば、すぐ納得してもらえるのです。また水泳や水中ウォーキングのためにプールに通っていますが、傷口は水着に隠れてしまい気になりません。
何もかもうまく運んで、平川先生と先進医療技術には心から感謝しています。
【担当医からのひとこと】
3カ月の入院が1、2週間に
私が整形外科医になってからも人工股関節置換術にはかかわるまいと心に決めていました。3~4時間もかかる上、患者さんの入院も3カ月に及んだからです。しかし10数年前アメリカに留学したとき、手術を40~50分で終えて1週間から10日くらいで帰宅させているのに驚きました。実は彼らは一人で年間何百例もこなしているのです。
K・Oさんの場合、手術時間は40分、入院は12日間でした。私がアメリカの人工関節の専門家たちに交じって修練を積んだおかげと感謝しています。日本は病院数が多いので1つ1つの施設では症例数が少なすぎ、なかなか技量が向上しません。そこで4年前に股関節や膝関節の置換専門センターを立ち上げ、若い医師たちの育成を始めました。K・Oさんの手術には修練を積んだ人工関節手術の専門医である、整形外科医3人と看護師2人、麻酔科医1人のチームが力を合わせて診療に当たりました。
技量が上がって初めて、傷口を小さくしたり合併症を防いだりもできます。また症例数が増えてこそ、患者さんに合わせた機種や手術手技の選択も可能となります。2008年は当初の2倍の700例を超えました。
今の日本の問題は、こうした医療従事者の努力に対してまったく価値を示してくれていないことです。2カ月の入院が1週間になれば全体として医療費削減につながり、その1部を病院や医師に対して還元すべきです。いわゆる我々の技術への対価となる「手術料」は、私のように年間数百例やる医師と、数例しかやらない医師との間に違いがありません。これらは技量の進歩の妨げになるのではないかと思っています。
※ご寄稿当時。現在は「湘南鎌倉人工関節センター センター長・医学博士」(2019年追記)
■ 人工股関節置換術
骨盤と太ももの骨をつなぐ股関節のうち傷ついた部分を取り除き、人工股関節部品に置き換える手術。人工股関節部品は金属製のステム・ボール・ソケットと、ソケットの内側にはめ込む超高分子ポリエチレン製のライナーで構成される。ライナーは軟骨に代わるもので、スムーズな動きが得られる。60歳以下で埋め込んだ場合は、再度の人工股関節入れ替え手術が必要になることがある。最近はQOLの尊重で50歳代でも受ける人が増えている。