【特別寄稿】医師や行政、医療業界と協力して
「不整脈」と診断された娘フランチェスカの看病体験を基に1993年、私は患者団体「STARS」を立ち上げました。その目的は、患者・家族・医療専門家から成る「失神トラスト」と反射性無酸素発作に関する情報を提供することでしたが、現在のような形にまで発展するとは想像もしていませんでした。組織の規模が大きくなっただけでなく、取り組んできた業績には目を見張るものがあると自負しています。しかし私にはこれから先もやるべきことがまだまだたくさんあります。
理解得られにくい「不整脈」
心疾患が世界的に重要な健康問題として取り上げられるようになったのは喜ばしいことですが、患者さんや一般の人々の間では、心臓の電気的機能よりも心筋梗塞のような心臓血管に対する関心の方が高いようです。また大規模な国際規模のキャンペーンが成功して、乳がんや白血病を含む様々ながんに対する意識レベルは非常に高まってきています。その半面、「不整脈」(アリスミア)という言葉さえ耳にしたことのない人がほとんどで、ましてこの言葉の意味を正しく理解している人はごくわずかに過ぎません。
いまも私は、不整脈に対する一般社会の認識の低さに衝撃を受けています。特にそれが数字で表されているのを見ると驚くばかりです。実は不整脈は、世界における主要死因の一つなのです。イギリスをはじめヨーロッパやアメリカでは、心臓突然死が死因順位トップを占めているのに、患者さん本人も医療専門家さえこの疾患についての意識はまだまだ低いレベルにとどまっています。
不整脈の大きな問題の一つに誤診があります。てんかんと誤診されたり、不要な薬を処方されたりして、患者さんの身体や生活に深刻な影響を与えています。そこで私たちは他の患者会や医療団体、医療業界に手紙を出すなど地道な働きかけを続け、政府に支援を求めるために「不整脈啓発週間」を催しました。この活動は“草の根運動”として広がりを見せ、イギリスの前首相トニー・ブレア氏をはじめ著名な俳優や約200人の国会議員と多数の医療専門家たちの賛同を得ました。これを契機に医療や公衆衛生政策の向上をめざして「不整脈連合」(アリスミア・アライアンス)を設立することにしたのです。不整脈連合は、最近設立された「心房細動協会」とともに、診断方法を向上させ患者さんが最良の不整脈治療を受けられるようにしようと、患者さんや医療専門家と協力して精力的に取り組んでいます。
命を支えるペースメーカー
西ヨーロッパの多くの国やアメリカでは、不整脈の疑いのある患者さん、特に高齢者の方へのペースメーカー埋め込みは一般的な治療方法となっています。イギリスは様々な歴史的、政治的な理由により、そのような結論がすぐに下されるという状況にはありません。イギリスはヨーロッパの中でもペースメーカー埋め込み率の低い国の一つであり、2006年の症例数は600例に達していません。それには多くの理由がありますが、はっきりしているのはペースメーカー埋め込み手術のできる専門医の数が限られているという点です。また特に10代、20代の若い患者さんの多くは、自分の体にペースメーカーなど医療機器が埋め込まれることに明らかなためらいを感じているようです。
このような患者さんの態度を変えさせ、医療機器の埋め込み専門医を養成するトレーニング機関を増やし、医療機器の埋め込みに関して一般社会の理解を得ることが、私ども患者団体や医療専門家にとって急務のテーマなのです。私たちの活動の多くは、命を救ってくれる医療技術へ患者さんが確実にアクセスできるようにすることに向けられており、地域での自動体外式除細動器(AED)の設置を普及させるためのキャンペーンを含め、意識向上だけでなく最終的にみんなの命を大切にする活動を実施しているところです。
こうした不整脈連合による心不整脈に関する継続的な啓発活動を経て2005年、ようやく患者さんの声がイギリスの政策担当者に届き、患者擁護活動の直接的な結果として具体的な政策が導入され、不整脈の特徴や有病率について意識が高まりました。この政策の大きな目的は不整脈に対する医療サービスの提供を向上させることであり、また心不整脈の疑いのある人すべてを不整脈専門医に紹介することも提案されています。RATCという診断促進ツールや新しいアリスミア・ケア・コーディネーター(ACC) の役割の設定などが新政策に盛り込まれました。
患者さんも知識を身につけて
また不整脈連合では、誤診を防ぐための「不整脈チェックリスト」や「意識喪失チェックリスト」も作成しました。これらのチェックリストは患者さんと医師の双方にとって適切な診断ツールになるはずです。いずれも適切な専門医にかかれるように促し、より早く正しい診断、治療が受けられるようにサポートするもので、現在では全世界の医療専門家に使用されています。
私どもはまた、一般の人々が自分の心臓の電気機能や血管構造について考えるように訓練を受け、心拍数を定期的にチェックすることが奨励されるようになれば、不整脈の迅速な診断と治療の面で医師を助けることが可能になると考えています。今後も私たちは医療専門家、政府や医療担当の省庁と協力し、世界において不整脈治療へのアクセスと治療を向上させるために取り組んでいきます。
知識のある患者さんは、権利を持った患者さんです。患者さんのオンライン情報へのアクセスが増加している現在、かつてないほどに患者さんは自分たちの考えを聞いてもらえる機会に恵まれています。重要なことは患者さんの意識啓発と教育であり、医師に質問できることが大切なのです。そのために私たちのような患者団体と医師との連携や協力が必要になり、医療業界や医療専門家とも力を合わせる必要があります。
日本の患者団体の活動に私どもの体験がいくらかでもお役に立つならば、とてもうれしいことです。