【特別対談】最新の医療技術は芸術に通じる
テレビ出演で病気が発見され、それが機縁となって心臓外科医南淵明宏先生にめぐり会い、怖がりながらも命にかかわる難しい手術を受けてしまったドン小西さん。その心臓手術の一部始終がさらにテレビ番組として放映され、お茶の間に届けられる。心臓弁膜症を患っていたドン小西さんは、人工弁(生体弁)という先進医療技術の治療を「究極のアンチエイジング」と呼んだ。その手術に至るお話は深刻でいて、軽妙だ。
収録中に検査結果が明かされる
──お二人はテレビ出演が縁で、お知り合いになったんですね。
ドン小西 テレビの健康番組の収録のとき、初めてお目にかかったんですよ。われわれタレント芸能人は、ひな壇に並べられて、各分野の有名なドクター先生のお話を伺うという形式で進行するものです。
南淵明宏 これまでも私の病院には芸能人の方々も紹介されてきて、いろいろ手術させてもらってますけど、ドン小西さんとはテレビカメラが回ってる番組収録の最中に初めてお会いしたんですよ。そんな場面で、「小西さんの心臓の大動脈弁がおかしくなって、血液が逆流している」っていう話を僕は聞かされる。いきなりですから驚きましたよ。それがそのまま電波に乗ってお茶の間に届く……。
ドン そうなんですよ。まあ、僕らもテレビとのお付き合いが長いから、これも一つのタレント業だろうと面白がりながらやってたんだけど、今度の話ばっかりは自分が丸裸にされるような気分でした。まったくテレビっていうのは嫌らしい……。(笑)
──収録前に、あらかじめ心臓の検査を受けられた?
ドン 番組の性質上、「今回のテーマは心臓」ってことで、われわれ常連ゲストが前もって別の病院で検査を受けたんですよ。その分析データを基にして番組が始まるわけですけど、本人にも検査結果が一切知らされていない。ところがね、数値を用いて説明されちゃうと、認めざるを得ない。逃げ出したかったんだけどねえ。
南淵 臨場感を出すために収録の前には、僕にも検査データがまったく知らされていなかったんです。カメラが回ってる状況で、見たことのないデータを見せられて、「ああ、これは確かに逆流してますから、手術が必要ですね」っていうような意見を言わされる。
どんな世界にも失敗はつきもの
南淵 有名人だったら病気を隠そうと思うはずですよ。正直言って、この人に手術を勧めていいものかって。ただプレッシャーはかかるけど、こんな手術は自分しかできない。何事もなく終わらせるっていう自信はあるんですけど、「こういうことやっていいんだろうか」っていう後ろめたいものがなかったわけじゃないですね。
ドン そうだったんだ。知らなかったなあ。(笑)
南淵 いや、ちょっと気の毒だなあ、っていうのはあったんですよ。(笑)
ドン 僕も事の重大さには気がついてましたよ。でもね、救急車で運ばれて来て、急を要する手術ってことじゃないんですよ。放っといても、だましだまし行けるんだろうけど、長生きはできないなと思った。今年64歳ですけど、なんとなく67とか68で死んじゃったりするんだよね。医学の進歩で、きちっと検査データが出た。まあ先生は後ろめたかったんだろうけど、僕は若さ、それと長生きをしたいってことを取ったね。
南淵 手術は、絶対うまくいくと思ってましたからね。
ドン いや、僕は思ってなかった。実を言うと(笑)失敗もあるだろうと。手術は針と糸でやるって聞いてたけど、洋裁でほころびを直すんじゃないんだから。開けてみたら僕のは妙に形が違って縫いづらかったとか。僕らも縫うとき失敗してるじゃない? 生地自体が劣化してて、直したところからびりびり破れてくるとかさ。
基本的にはもう駄目ですよ。長生きしたいがために死んでもしようがない、えらい賭けだなあと。「いいんじゃないの? 好き放題やってきたんだし、そんな大手術しなくても、寿命だと思って死を迎えてもいいんじゃない。」って言う友人も結構いたの。僕は迷ったよ。そうか~って。
絶好のタイミングと受け止めて
──そこで先生は説得された?
南淵 やっぱりそこは正論で説得して、その正論がしっかり正面から受け止められたと思うんですね。手術の前に検査に来られて、その時はやっぱり手術が必要だってことになって、「はい、分かりました」って。それからもう1回、「仕事の都合がある」ということで相談に来られて、1カ月後くらいに入院された。手術は2012年の12月22日でした。
ドン そして元旦に退院したんです。それから1週間後には、もう仕事だよ。「そんなのありえない」って笑われた。
先に信頼できないようなことを言ったけど、僕もいろんなことを調べて「手術には失敗もありえるだろう」って思っただけ。でもね、「こういう手術は百歳くらいの患者さんにもやってる。私に任してください」と言われたら、もうそれに賭けるしかないんだよねえ。あそこまで自信のある人っていないからさ。
南淵 まあ、若いころは失敗もいろいろ経験してきてますから。
ドン でも、百歳の老人の手術の事例があるとなると、相当なもんだろうと。僕はほんとにすごい医者に出会えたと思ったんだよ。それともう一つは、早く手術しようっていうタイミングがよかったよ。
──タイミングと言いますと……。
ドン テレビのレギュラー出演の仕事って、2週間休んで穴あけちゃうと、もう後がない。まあ、そういう感じですよ。年末年始用の収録があったのは11月の初めごろで、その間はしばらく正月番組なんかが流されるから、レギュラー番組がお休みになるんですよ。このお休み期間中の12月に治してしまおうと……。
南淵 手術をすると決まるまで、たぶん2週間くらいだったと思います。
ドン そしてもう一つ、僕には勇気がなかった。怖がり屋なんです。血を見ただけで貧血起こしちゃう。自分の体を切ることなんてとんでもない。怖いよ~、そんなもん。この恐怖感をどうやってなくすか?そこで考えついた。「そうだ。自分の手術場面にテレビカメラを入れて、一部始終を取材してもらおう」と。そうすると医者も絶対失敗できないよね。
南淵 失敗したら牢屋行きですよ。(笑)
ドン この先生がたぶん、今までやってきた以上の最高の手術をするだろうと、そういう風にセットして追い込んだわけだよ。そしたら僕も勢いがついちゃうよお。もしもこのチャンスを逃したら、「まあ来年でいいや」とか言って、延ばし続けて行くと思うね。
大動脈を補強して人工弁に置換
南淵 おっしゃる通りで、僕もプレッシャーがかかって、思いっきりネジ巻かれましたよ。これまでもある程度の取材には応じてきたけど、全プロセスがここまでテレビ収録されるとなると、もう失敗は絶対できないですよね。
ドン 面白いですよ、テレビっていうのは公にどれだけ恥かくか。これは何かの縁だと思って、延命できるんだったら勢いに乗って手術をやっちゃおうと……。
南淵 一つの機運がめぐってきたわけですから、手術を受けてもらわないといけないと思いました。実際、小西さんは以前から心臓に関して何か言われてたんですよね。
ドン
南淵 おっしゃる通りタイミングを外すと、仕事にかまけてずるずると先延ばしになると思いますよ。その点、小西さんは私の説明を正面から受け止めてくれて理解した上で、またぽんぽんと質問してくる……。
──開胸して人工心肺を使う手術だったんですね。
南淵 そうです。心臓を止めました。人工心肺を回してる時間は1時間半くらい、あるいはそれより短かかった。ウシの心膜を利用した最新の人工弁(生体弁)を入れました。とても性能がいいんですよ。
ドン 「僕の大動脈弁と置き換わる人工弁ってどれだ」って、根掘り葉掘り聞いて、引っ張らしてもらったんだよね。
南淵 手術では、まず拡大してる上行大動脈に人工血管をぐるっと巻きつける。こうして補強しておけば、もう絶対に破裂する心配はありませんからね。
ドン フッ素繊維で出来ている人工血管は、人体になじみやすいんだってさ。
南淵 はい。生体反応を起こさない素材です。締まりが悪くなった大動脈弁の代わりをする人工弁をはめ込んで、タコ糸みたいな丈夫な糸でしっかり結び合わせるんです。手術の一部始終がテレビ用に撮影されたんです。後でビデオをご覧になられまして……。
心臓手術は洗練されてシンプル
ドン 映像見て、先生の職人芸にはびっくりしたなあ。こてこてのアナログですよ。ヨーロッパに「ボビンレース」っていうレース編みがあるんだけど、あんな感じですよ。この人をデザイナーにしたら、すごいかも分かんないよ。きれ~いに糸張ってねえ。
南淵 なるほど、これが小西さんの理解力につながってるんですね。自分がよく知ってるボビンレースにスライドさせて理解するなんて、すごいですよ。確かに外科医は、ここに糸かけて、きゅーっと絞ったらどうなるか、っていう三次元的な予測ができなければ、手術は難しい言われてますね。
ドン 最新の技術でやることは、やっぱり人間の一つの高みだね。熟練というか、ほんとに不思議だった。医療の技術にもこんな場面があるんだねえ。
南淵 お腹の手術とは違って血もあまり出てないし、きれいだと思うんですよ。それに割とシンプルですよね。
ドン 手術のスタートは、胸骨の中心を縦切りにして、器械を使ってぎゅーっと観音開きに開く。すると、肩と肩甲骨がぐっとずれますよね。その時は麻酔していて知らなかったけど、こんなことやってんだ、チキショー!(笑)
南淵 大動脈弁の異常だけでなく、大動脈も拡大していたので、大きな視野で確実に手術しようと考えました。大動脈弁の取り換えだけなら狭い視野でも可能ですが、上行大動脈をしっかり治す必要があったということです。
──ぱかーっと開けてる時間は?
南淵 開始から終了までで2時間半ぐらい。そのうち人工心肺を回してるのは1時間半くらいで、実際に心臓を止めてる時間は正味1時間くらいだったと思います。
ドン 心臓が止まってる間は、僕は
(対談収録2014年1月29日)