一般社団法人 米国医療機器・IVD工業会

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第2集

心臓の病気-カテーテルで大動脈弁を留置

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私は39歳のときから毎年、慶應病院の「1日ドック」を受けていて、「コレステロールが少し高めだが、おおむね良好」と判定され、安心していました。ところが約10年前、「心臓の精密検診を受けたほうがよいですよ」と勧められて慶應病院の老年内科を受診し、ここで心臓の血管の狭窄が発見されました。それ以来、循環器内科の江頭先生に診ていただくことになり、そこでカテーテルで治療をしてもらいました。

これでもう大丈夫と安心しておりましたら、今度は「大動脈弁狭窄症」という病名をもらってしまったのです。これは心臓弁膜症の一種と聞いて、このときばかりは本当にびっくりしました。

牛山 精一 さん
(82歳・男性・東京都)

症状を体力の衰えと誤解

当時はゴルフに夢中で、シングルプレーヤーをめざして一生懸命でした。週に2日もコースに出て、毎回4時間半かけてラウンドしたものです。江頭先生に「フルスイングは駄目ですよ」と言われたので、それ以後は週1回に減らしていました。

実は、急な坂道を上るときに息苦しさを感じていたのですが、それくらいは年のせいで当たり前のことと思っていました。ほかに特別な自覚症状がなかったので、とにかく「ゴルフの上達のためにも、もっと体を鍛えねば」と思ってタクシーもあまり使わず、地下鉄でもあえて階段を利用したりして頑張っていたのです。

しかしついに、2013年の4月27日、江頭先生に「ドクターストップ」を命じられてしまったのです。これを期に、ゴルフをぴたっとやめました。それでも20分間ほどの散歩は続けていましたが、ちょっと歩くとふらついたりするように感じ始めていました。

その年の5月、江頭先生のご紹介で同じ循環器内科の林田健太郎先生にお会いし、大動脈弁狭窄症の治療について相談に乗ってもらうことになりました。林田先生は江頭先生の先輩にあたるそうで、前々から江頭先生からお話は伺っていたのです。林田先生はとても親身になって、私の質問に答えてくれました。

「この病気は、心臓の出口近くにある大動脈弁が硬くなって十分に開かず、そのため心臓から全身に送出される血液の流れが減ってきます。重症化するにつれて胸痛や息切れが増え、気を失って倒れる場合もあります」

「根治療法としては、胸を大きく開いて大動脈弁を人工弁に置き換える手術(外科的大動脈弁置換術)がありますが、心臓を止めている間は人工心肺を回して、心臓の肩代わりをさせる必要があります」

「実は牛山さんの脳の血管には、ところどころ細くなったところが見つかっています。人工心肺を使った場合、脳へ行く血流が減るため、細い血管が詰まって脳梗塞を起こす恐れがあるのです」

「大動脈弁狭窄症の新しい治療として、太ももの血管から心臓まで細い管(カテーテル)を通して行う治療法がヨーロッパで広まっています。経カテーテル大動脈弁治療(TAVI(タビ))というのですが、これなら牛山さんのように人工心肺が使えない患者さんでも人工の大動脈弁を留置することができます」

治療を受けて6日目に退院

この治療はとても新しいもので、慶應病院でも私は二人目の患者ということでした。心配した娘がインターネットで色々調べてくれ、林田先生がフランスに留学されて、この治療の指導医の資格を持っていらっしゃることを知りました。それだけ苦労をしてお勉強をされているということで、とても信頼のできる先生だと思いました。

そんな先生が、「この治療を受ければ100歳まで生きる可能性も開けると思いますよ」と言ってくださったのです。高齢者の患者さんには「もう十分生きたから、今さら怖い心臓手術などけっこうです」と断る方が多いそうですが、私は昔の元気を取り戻して、できることは何でも経験したいと思っていましたから、先生を信頼してお任せすることにしました。

慶應病院のハートチームは、内科や外科の先生が集まって会議を開き、患者さん一人ひとりについて、どの治療法が最も適切かをディスカッションするそうです。私の治療についても林田先生が提案された経カテーテル大動脈弁治療(TAVI)が討議されて決定されたと聞きました。

私は10月22日に入院して25日に林田先生のカテーテル治療を受け、31日に退院しました。胸を開く外科手術に比べて、体にかかる負担が軽いので、手術時間も入院期間もかなり短くなり、術後の回復も早いとのことです。手術のあとは、林田先生や、同じハートチームの先生が毎日交代で診てくださり、なんだか至れり尽くせりだと、感激してしまいました。

治療後は間もなくリハビリ科で、ゆっくり部屋を1周する歩行訓練から始めました。1周したら必ず一定の休息をとります。次は2周して休息。3分歩いて1分休息という形です。かつての私は、少し苦しいくらいが体力維持に最適と考えていましたが、それは少々やり過ぎだったようです。

私の場合、もともと自覚症状が少なかったので、それほど良くなったという実感はなかったのですが、初めて家でお風呂に入ったときの体の楽さには驚きました。以前は何事をするにも無理をしていたのに違いありません。

私は退院後の血液検査やエコー(超音波)検査の結果も良好で、順調に回復していることが確認されました。「徐々に運動を強めるように」という先生の指示に従い、リハビリを進めています。先生からは念願のゴルフの許可も出ましたから、また少しずつ、無理をしない程度に始めていきたいと思います。

【担当医からのひとこと】

手術ができない患者に新たな治療法

近年、高齢化に伴い大動脈弁狭窄症は増加傾向にあります。息切れや疲れやすさといった症状から、進行すると死に繋がる重篤な疾患です。大動脈弁狭窄症の基本治療は、開胸して人工弁に置き換える外科手術ですが、これまで外科手術ができない患者さんには薬で症状を和らげる対処療法しかなく、我々内科医は看取ることしかできませんでした。そんな時、フランスで行われ始めていたカテーテルでの新しい治療法でそのような患者さんを救えることを知り、現地でその方法を学ぶことにしたのです。

TAVIは、太ももの付け根や肋骨の間からカテーテルを挿入し、大動脈弁に到達したらバルーンを膨らませて元の弁を押し広げます。そして畳まれた人工弁をバルーンとともに大動脈弁の位置まで運び、圧着させて留置するのです。元の弁が石灰化して硬くなっているので、そこに人工弁を留置すれば、外科手術のように糸を使って縫ったりする必要はありません。

切り口が小さいため体への負担も少なく、術後3日から一週間で退院することが可能です。ご高齢の患者さんは入院が長くなると、筋力が弱り日常生活への復帰が難しくなるため、日常生活に早く復帰できるというのもこの治療のメリットです。

林田 健太郎 先生
慶應大学病院 循環器内科
特任講師

■ 経カテーテル大動脈弁治療(TAVI)

心臓の大動脈弁が狭窄して機能しなくなった場合、元の弁を人工弁に置き換える手術(弁置換術)が行われる。これは通常開胸して行われるため、高齢による体力低下や複数の疾患を持つ患者さんには実施できず、これまで根治療法がなかった。しかしTAVIという新しい治療法により、人工弁をバルーン付きのカテーテル上に折りたたんで装着し、太ももの付け根の血管などを通じて元の弁の位置まで運び、バルーンを広げて人工弁を留置することで、開胸なしでの根治治療が可能となった。

 

 

写真上: 
人工弁を運ぶバルーン付き
デリバリーシステム
写真下: 
経カテーテル生体弁(人工弁)
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