一般社団法人 米国医療機器・IVD工業会

AMDD logo

一般社団法人
米国医療機器・IVD工業会

第2集

目の病気-突然の緑内障で 両眼失明の危機に

キーワード

M.O.さん
(38歳・男性・大阪府)

事の始まりは、職場での事故でした。

両眼とも重度の網膜剥離もうまくはくりを起こし、すぐ右眼の眼圧が上昇して緑内障になってしまったのです。眼圧を下げるためのバイパス手術を受けましたが、まったく効果がありませんでした。

そこで次のステップの治療としてレーザー手術に期待をかけましたが、これもうまくいきませんでした。このままでは失明するかも知れないという恐怖感にさいなまれ、別の眼科にかかったりしているうちに左眼も緑内障になったのです。

両眼とも、ときどきズキッとする激しい痛みに襲われ、少しずつ視野が狭まって、物が見づらくなってきました。もう誰かに付き添ってもらわないと、外出もままなりません。近くの物もよく見えず、周辺の状況も誰かに説明してもらわないと行動できなくなってしまっていました。

視野が狭まり視力も落ちて

視力が落ちた上に、視野もどんどん狭まり続けます。これではもう暮らし自体が成り立ちません。突如として降ってわいた失明の危機から抜け出そうと、いろいろな情報をもとに幾つもの眼科医院を訪ねました。そしてようやくたどり着いたのが京都府宇治市の千原眼科医院でした。

忘れもしない2012年7月3日、初めて千原悦夫院長の診察を受けることができました。「両眼合わせて10回以上の手術を受けた」とこれまでの経過を話すと、先生は「そんなことは普通ではあり得ない」と驚かれました。

さっそく機器を使って眼圧を測定し、視野の検査をしてから角膜の写真を撮っていただきました。両眼とも眼圧が異常に高く、ほとんど視力がなく、自分が思っていた以上に視野が狭まっていることが分かり、愕然としました。

「何度も手術したせいで、角膜もかなり弱っています。特に右眼がひどいですね。もうあなたにはインプラントの手術しかありません」

当時、インプラント手術は日本では認可が下りていませんでした。しかし、アメリカでは何年も前に認可され、多大な評価を受けているといいます。そんな先進医療を千原眼科では以前から自費診療で行っていました。幾度となく手術を経験した私にとって、インプラント手術は唯一の希望の光でした。

インプラント手術の権威である千原先生にこの治療を勧められ、失明するかどうかの瀬戸際でしたからもう戸惑う余裕などありません。

「何もかも先生にお任せします。両眼ともその方法を試してください」
と即座にお願いしました。すると先生は、
「片目ずつがいいでしょう。きょうはまず左目を治療します」
こんなに早く手術してもらえるとは思っていなかったので驚きましたが、もちろん了承しました。

お任せしますとは言ったものの、手術をしても視力が必ず回復する保証などありません。私の心の中では不安と期待がないまぜになって、手術中も心臓がどきどきしっぱなしでした。手術は、網膜の近くまでプラスチックのチューブを差し込んで、眼の中を血液のように循環している房水がたまり過ぎて眼圧を高めないように、バイパスを作るのだそうです。

余計なことを考えてストレスをためないようにしようと思っていたのに、手術が終わったとき、からだ中の力がふわーっと抜けていくのを感じました。そして知らない間にぐっすり眠り込んでしまったのでした。

眼圧が落ち着き視力も回復

度重なる手術の影響で角膜が弱っていたため、左眼の手術後しばらくはズキズキ感が残り、出血のために2、3週間はほとんど見えませんでした。しかし、術後2、3カ月たっても眼圧が高くなることはなく安定し、気分も少しずつ明るく元気になっていきました。

手術後の経過も先生が注意深く診てくれました。先生の指示に従い、毎日決められた時間に点眼薬を差し、無理な運動などは避け、しばらくは余り眼を使いすぎないように気をつけて過ごしました。

眼圧が落ち着くにつれて、視力も少しずつ良くなり、狭まっていた視野も手術前とは見違えるほどの回復ぶりです。そこでいよいよ右眼の手術で、その年の12月5日に治療を受けたのでした。今では、周りや物が極端に見えづらいということはなく、眼鏡をかけて日常生活を送ることが出来ています。手術前の不自由さが軽減し、本当に嬉しく、そして有難く思っています。

正直、今でも診察の時は、心の中で先生に向かって手を合わせ感謝しています。先生の指導に従って、この視野を今後もずっと維持していこうと誓いました。

様々な方法で手術を施し、ようやっと出会ったインプラント治療。説明を受けた時は、これまでと全く違う手術方法にさすが、先進医療技術と驚きました。失明の危機から救ってくれたこの先進医療技術と、手術をしてくれた千原先生には本当に感謝しています。

【担当医からのひとこと】

緑内障インプラント手術で眼圧を下げる

人生の途中での失明は、患者さんにも社会にも大きな痛みを伴います。仕事、買物などの日常生活が失われ、不自由に耐えている失明者(矯正視力0.1以下)が日本には18万8,000人、低視力者(矯正視力0.6以下)が154万人います。国は視力障害者に対してヘルパー派遣費用や年金支給など、直接的な費用だけで年間1.32兆円の税金を投入しています。

失明の原因疾患の4分の1は緑内障です。緑内障は眼圧下降が唯一の治療法で、薬物やレーザーが無効な場合は手術が選択されます。緑内障手術のうち標準的なものは眼に小孔をあけて眼外に房水を排出する手術(トラベクレクトミー)です。しかしM.O.さんのように両眼に18回(うち5回は白内障と網膜剥離の手術で13回が緑内障手術)もの手術を受けている方は瘢痕はんこんが強く、濾過胞ろかほうができにくいので標準的な手術では治療成績が良くありません。M.O.さんは初診時に最大限の薬物治療下で、右の眼圧が33ミリメートル水銀柱(以下ミリ)、左の眼圧が29ミリと高眼圧であり、矯正視力は右が眼前で手の動きが確認できる程度で左が0.5と低く、右眼は失明状態、左眼も放置すれば失明必至の状況でした。インプラント手術はこのような眼が適応で、M.O.さんは術後1年半で左の矯正視力が0.7まで改善し、眼圧は右が19ミリ、左が16ミリと正常範囲になりました。

私はこの手術を26年前から手がけてきましたが、二つの課題がありました。一つは安定的に眼圧を下げ、しかも合併症を防ぐためのデバイスの改良と術式の改良です。もう一つは新医療技術の認知と保険収載でした。この医療技術は、最近になって安全性が確認され、1986年の最初の論文から26年経った2012年にようやく日本で保険収載されました。今後は緑内障による失明防止に貢献することが期待されます。

千原 悦夫 先生
千照会 千原眼科医院 院長

■ 緑内障インプラント手術

緑内障は、眼球内を循環する「房水」が停滞して眼圧が上昇し、目の後部にある視神経が圧迫されて視野が狭くなる病気。失った視野は通常、取り戻せないため、早期発見、早期治療が何よりも大切である。点眼薬療法、レーザー療法、従来型手術が順に考慮されるが、それらが奏功しない場合には、房水を抜くための装置(インプラント)の埋め込み手術を行う。これにより、眼圧を下げる効果が安定して続くことが期待される。日本緑内障学会の強い要望により2011年に承認され、翌年4月に保険適用となった。

写真:緑内障インプラントを埋植した状態の模型図
エッセー集一覧に戻る
pagetop