1滴の血液や尿で、がんが分かる時代へ
2019年7月1日
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落谷 孝広 氏
国立がん研究センター研究所 分子細胞治療研究分野
プロジェクトリーダー(当時)
日本の医療の現状と日本医師会の立場
超高齢化時代を迎える日本、増え続けるがんに対して、国は国民をどうやって守るのか。様々な取り組みがある中で、私がプロジェクトリーダーを務め進めてきた「がんの早期発見」を掲げる「体液中マイクロRNA測定技術基盤開発」という体液診断の研究プロジェクトがある。これは国立がん研究センターが中心になって、9つの研究開発機関が参画し、8つの大学が共同研究する国家プロジェクトだ。
約80億円の研究資金を国から提供され、100名以上の専門家集団で構成され、13種類のがんをステージ1~2で発見するという使命を担って取り組んできた。診断の事業化を速やかに行うために、東レ、東芝、アークレイ、プレシジョン・システム・サイエンスという4企業が参画したのも特徴的だ。
体液診断とは、わずか1滴の血液、唾液、尿、および涙液などの体液で、がんを早期に診断するという日本発の夢の新技術である。体液の中に含まれるマイクロRNAと呼ばれる 20種類程度の塩基から成る微小なRNA(リボ核酸)を検出して解析し、がんを診断する。
この診断の一番のメリットは、従来の検査に比べて大幅にコストカットができること。コストは病変部から組織の一部を切り出して検査する従来の針生検に比べると、10分の1に抑えられるといわれている。患者への侵襲が少ないことも大きなメリットで、放射線の影響が懸念されるCTなどによる健康被害からも逃れることができる。
マイクロRNAはエクソソームと呼ばれる粒子の中に内包され、体液中を循環している。エクソソームはがん細胞が分泌する細胞間の情報のやりとりに関与し、がんの増悪、転移などに深く関わることが明らかになってきた。
マイクロRNA は2655種類あるが、東レの3D-Geneという国産のDNAチップを使用して、すべて解読した。乳がんは2400例、大腸がん3300例、胃がん3200例、肺がん2700例の解析を行い、2019年2月までに5万3000検体の解析を終了した。その結果、乳がんは97%、卵巣がんは99%、他のがん種でも高率で健常人と判別できた。がん判別に非常に有効な検査手段といえよう。
しかし、まだ課題もあり、健常者との区別は正確でも良性疾患や境界悪性との区別は難しい。過剰診断の問題もあるので、なお一層のブラッシュアップが必要である。
マイクロRNAは、まだまだあらゆる可能性を秘めている。どの患者さんにどの薬が効くのかという層別化治療も可能になり、がんだけでなく、認知症などあらゆる疾患にも汎用できそうである。
今後の展望
5年間かけて取り組んできたプロジェクトが2019年3月で区切りをつけ、今後は実用化に向けた行程が始まる。
現在、この分野では日本が世界を一歩リードしているが、アメリカ(NIH)も100億円以上の巨額の予算を投入して猛追を始めている。日本では4社が事業化を進めており、まもなく体外診断薬として承認申請される見通しだ。人間ドックなどで1次スクリーニングを行う手段として実用化される日も遠くないだろう。
また、大規模な集団を長期間追跡したデータを収集して、研究成果の検証をしたいと思っている。福井県などが名乗りを上げていただいているが、今後の課題にしたい。