一般社団法人 米国医療機器・IVD工業会

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医療従事者

世界の基準に合わせた医療機器審査と保険償還制度の導入を

2007年12月1日

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大木 隆生 氏 東京慈恵会医科大学外科学講座チェアマン・教授、兼米国アルバート・アインシュタイン医科大学外科教授

 

デバイスラグの背景に各国との“ラベル(適応)”の違い

私は東京慈恵会医科大学を卒業の後米国のアルバート・アインシュタイン医科大学病院に12年間勤め、昨年慈恵会に戻ったのですが、現在も1か月のうち1週間程度は米国で治療にあたっています。この経験から日本と米国をはじめとする他の先進国との医療機器の導入時期の違い、いわゆるデバイスラグについて説明します。

デバイスラグは日本における医療機器承認の遅れが原因と指摘されていますが、それだけではなくて「ラベリング(適応)」と呼ばれる保険制度全般にかかわる違いがあります。

1例をあげますと、原因不明の腎不全、高血圧となり、透析療法を受けられていた女性の患者さんのケースです。検査の結果、両方の腎臓への動脈が閉塞していることがわかり、ステント治療によって腎臓の機能は大幅に改善し透析治療が不要となったうえに元の仕事に復帰することができました。このように腎動脈ステントは、とても有用な医療器具ですが、日本で保険診療の枠内で使用できるのは、太くて硬くて使いづらい、旧式のものです(Palmazステント)。このモデルは米国で6年前に販売中止になったもので、現在はそれから3世代進んだ細くて、しなやかなステントが使われています。この新世代のステントは日本でも販売されていますが、腎動脈に使用した場合は保険で支払われず、ステント代金は病院の持ち出しとなります。その理由は、新世代のステントは、米国では胆管用の「適応」しか取っていませんでしたので、そのデータをもとに日本での承認を得た際には当然のことですが「胆管」用という制限がついたのです。

この胆管用という「ラベル(適応)」が米国では日本のように臨床現場において問題にならない理由は、米国での病院に対する治療費、入院費は診断名によって一定額が支払われる“マルメ(DRG)”制度だからです。すなわち、DRGによって支払われた診療報酬をどのように使うかは(ステントの種類も含め)病院の裁量に任されているのです。

一方日本では、ステントなどは特定保険医療材料と呼ばれ、出来高払い方式ですので、保険算定(請求)するたびに、その器具の「ラベル(適応)」とその患者の診断名、手術方式が一致していない場合は保険から支払われないのです。なぜメーカーが米国で腎動脈用の適応ではなく胆管用の適応を取ったのかと言えば、胆管用のデバイスの申請をすれば、必ずしも臨床試験が要求されず、審査のハードルが腎動脈や血管用ステントの場合に比して低いからです(510k承認)。

小さなマーケットに特有の審査ハードルの日本

米国ではこのような器具の承認パスウェイを510kとよんでおり承認取得のためには必ずしも臨床試験が要りません。従って、先の新世代の腎臓用ステント(ラベルは胆管)に関する臨床試験データがありません。腎臓に使用した際のデータがあればそれを和訳して日本の厚生労働省に提出すれば、腎動脈用のラベル・適応を得られるのですが、和訳するデータがないために日本でも胆管という適応しか取れなかったのです。日本で独自に腎動脈用の臨床データを集めようとすると多大のコストがかかり、日本だけの小さなマーケットではまったく採算が取れないということになってしまいます。腎動脈や脚(大腿動脈)のステントは効果が高いのですが、日本では“ラベルが合わない”のでほとんどの場合、使えない、これは患者さんにとって不幸です。

こうした保険制度の違いに加えて、日本では審査期間が長くかかるということが、デバイスラグ問題を一層複雑化しています。なお、審査期間に関しては米国の356日に対して日本は1,083日というデータもあります。審査期間が長くかかる原因はいくつもありますが、臨床試験を行う病院のインフラ不足、メーカーの薬事スタッフの経験・能力不足、審査機関のスタッフの不足などは大きな障害と言えるでしょう。

総医療費削減政策では解決しないデバイスラグ

日本では国民医療費の削減が政府で検討されていますが、まず日本の医療費は決して高くない、総医療費も対GDP比では先進国中最低で、米国の約半分です。また医師の報酬も、診療科により違いますが、外科系勤務医では、大雑把に言って米国の1/3~ 1/5と低く抑えられています。その上、日本の医師は少ない人数で(先進国と比較して)安い給料でしかも激務についているといえます。私自身のケースでいえば、米国での年収と日本での報酬には約10倍の違いがあります。対GDP比の総医療費や実際の診療現場の現状からみて医療費の削減という方向は不適切でしょう。

デバイスラグについても同様で、先進医療機器の導入を早くするためには機器の価格を上げる(償還価格を高くする)ことが有用です。日本の医療機器のマーケットは世界の10%程度で、世界が日本のマーケットに合わせて制度を作るということはありえません。前述したような特異な日本の審査・保険制度を抱える日本にいち早く先進機器を導入するには、まず機器メーカーが日本にいち早く申請してこなければなりません。

日本をメーカーの目から見て魅力ある市場とするのにもっとも大切なのは償還価格です。近年は医療費抑制政策の延長で、償還価格が低く抑えられる傾向が続いていますが、現行レベルでは採算が取りにくく、したがって、海外メーカーの日本離れ、はずしが進んでいるのです。性能のよい、先進的機器が日本に入ってこないという事態は日本の患者にとって不幸なことです。償還価格をもっと引き上げて、日本をデバイスメーカーにとって魅力的な市場にすることが重要でしょう。十分な償還価格がつけば、日本が抱える前述した様々な課題、すなわち、審査機関の審査人員増強や臨床試験を行うインフラ整備、有能な薬事スタッフの採用(企業サイド)などが可能となり、デバイスラグは徐々に解決するでしょう。

慈恵医大では現在、寄付講座として「医療器具評価学講座」を立ち上げる準備をしています。医療器具評価の教科書を作成し、行政の審査官、企業薬事スタッフの教育を進めていく計画で、これらの活動もデバイスラグの解消に役立つと期待しています。

医療に経済的インセンティブはそぐわない

なお、日本の医療制度に関してですが、勤務医に経済的インセンティブがない上に給与が低く、診療科によらず一定であることが特長としてあげられます。このことは私の給与が、米国から帰国したことにより約1/10になったことからも見て取れます。慈恵医大に赴任してから、一日の平均労働時間が19時間程度の激務を通して、私の担当分野である血管外科の売り上げを3年前に比べ10,000%(100倍)にしました。

もともとはマイナーな診療科であった血管外科は、現在、循環器内科、心臓外科、脳外科、泌尿器科、肝臓外科などの売り上げを凌駕しています。しかし、こうした業績に伴う賞与等の経済的インセンティブは一切ありません。でも、私はこれでいいと思っています。そもそも医療に競争原理や経済的インセンティブはそぐわないと思います。医師は消防署の消防士と同じでいいと思っています。すなわち、火消しが上手な消防士があちこちから出動要請されても、それは消防士の使命であるから当然のことであり、それに対して経済的インセンティブをつける必要はないのと同じです。何でもインセンティブで人や組織を動かしている米国で実際に見られていることですが、医師に経済的インセンティブを与えると、過剰診療を招きます。消費者とサービスを提供する側に情報量において圧倒的な差がある場合には、特段の消費者(患者)を保護するシステムが必要です。

そもそも日本の医師の大多数は、患者の命を救いたくて、社会貢献がしたくて医師になっているわけですから、その志を矮小化する経済的インセンティブには抵抗があります。とはいえ、勤務医が不当に低い給与水準と激務に耐えているにもかかわらず、日本にある病院の43%が赤字という事態を招いた低医療費政策は改善し、医師の使命感に頼り過ぎない環境を創出する必要があります。すなわち、経済的インセンティブはなくとも、給与水準を改善し、医師数を増やすことにより、一人当たりの負担を軽減する措置が急務です。

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