「心臓弁膜症の外科治療」
2015年10月1日
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高梨 秀一郎 氏 日本心臓血圧研究振興会附属 榊原記念病院 心臓血管外科主任部長
心臓弁膜症の種類と治療法
心臓は血液を受け取る右心房、左心房と、血液を押し出すポンプ機能を持った右心室、左心室の4つに分かれています。それぞれの部屋の間に弁があり、三尖弁、僧房弁、肺動脈弁、大動脈弁という4つの弁が機能しています。心臓外科が主に対象とするのは、僧房弁と大動脈弁で、大動脈弁は心臓の真ん中に、僧房弁は大動脈弁の左奥に位置しています。
僧房弁の疾患には、閉鎖不全症や狭窄症があります。僧帽弁閉鎖不全症は、弁が正常に機能しなくなって、血液が左心室から左心房に逆流する疾患です。自己弁を使って、変形した弁を形成する弁形成術で治療します。手術では固くなった余剰な組織を切除し、そこから組織を広げていき、自己弁にリングを縫合し、弁を形成します。
ガイドラインでは、10年間良好な状態を90%維持できないと思われる患者の手術は、対象外とするハードルの高い手術ですが、私たちは弁形成手術を受け、10年後までに再手術にいたる患者は10人に1人という成績を誇っています。難易度が高いので、重症でない患者には適用されにくい手術です。
大動脈弁の主な疾患は、大動脈弁狭窄症です。大動脈弁が固くなり、血液の通り道が狭まり、血流が悪くなります。治療には大動脈弁置換術を行います。私は余分な緩衝材を使わない単結紮という術式で行いますが、これだと、かなり大きな弁を入れることができるので、たとえ再手術になっても、Valve in Valve(弁の中に弁を入れる)ことが可能になります。
大動脈弁そのものでなく、大動脈が傷んで血流が滞る場合もあります。その場合には、弁を温存して大動脈基部を再構築する手術を行います。これには、リインプランテーション法(デービッド手術)とリモデリング法(ヤクー手術)と呼ばれるものがありますが、私たちが行っているのは、自己弁温存基部再建・大動脈弁形成術で、ヤクー手術に弁輪縫縮と外固定を組み合わせた理想的な手術といえます。自己弁を温存すれば、ワーファリンを飲まずに過ごせるので、若年患者には福音といえるでしょう。
弁置換に使用する人工弁には機械弁、生体弁のほかに自己弁というものもあります。自己弁は自分の肺動脈弁を使います。若年者には劣化しない機械弁の方が適していますが、ワーファリンを生涯のまなければならないですし、生体弁は主に高齢者や塞栓症などのリスクが高い方に使用します。自己弁ならワーファリンを飲まずにすむメリットはあります。しかし、大動脈と肺動脈両方の手術をするので、その分手術侵襲は大きくなります。
弁膜症治療の今後の行方
日進月歩の治療法の中で、MICSという低侵襲手術が注目されています。皮膚切開はわずか5cm程度で、胸骨は切り離さず、特殊な器具を挿入して、心臓にアプローチしていき、正中切開で行うのと同じ手術をやります。骨を切らないので、患者の術後の負担が大きく軽減されます。リハビリを充実させることによって、術後5日程度で退院することができ、早期の社会復帰が可能となります。もちろん、デメリットもあり、手術時間が長くなり、合併症のリスクも高まります。
カテーテル治療の経カテーテル大動脈弁留置術(TAVI)は、私たち心臓外科医と循環器内科医がチームを組んで行います。開胸しないので、高齢者や体力の弱っている患者も受けられ、着実に治療実績を上げています。
学会では外科医のためのカテーテル治療のトレーニングコースが設けられるなど、外科医も内科的治療を理解しなければならない時代が来ています。循環器内科の技術のすべてを熟知するのは難しいかもしれませんが、内科学的な「考え方」を身に付けることが大切です。それが理解できれば、バイアスのない決断ができるからです。
渡辺先生と私は最近まで一緒に仕事をしており、渡辺先生の戦略を元に私たち外科医が手術し、課題があればフィードバックするという方法で切磋琢磨してきました。そんなクロスラーニングは今後は、なお一層重要となるでしょう。渡辺先生の話された「共通言語」を駆使して、お互いを高め合いながら、治療をしていきたいと思っています。
*高梨先生のお話を編集部でまとめたものです。