「日本における抗がん剤等の取り扱いをめぐる労働安全衛生の現状と課題」
2015年1月1日
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甲田 茂樹 氏 独立行政法人労働安全衛生総合研究所 研究企画調整部 首席研究員
これまで取り上げられる機会の少なかった医療従事者(ヘルスケアワーカー)に対する抗がん剤などの曝露による安全性と健康影響ですが、独立行政法人労働安全衛生総合研究所(JNIOSH)では、早くからこの問題に取り組んできました。同研究所の首席研究員 甲田茂樹先生に日本の現状と課題についてご講演いただきました。
日本の現状を考える
医療現場は、物理エネルギー(放射線など)、化学物質、細菌やウイルスなど、医療従事者の健康に被害を与えるとされる有害要因に、常に曝されている職場といえます。欧米では、早くからヘルスケアワーカーに対する労働安全衛生の研究がされてきており、アメリカのNIOSH(労働安全衛生研究所)では、1988年にガイドラインを出しています。NIOSHは2004年には、抗がん剤などのハザーダス・ドラッグを取り扱うことにより、皮膚の発疹、不妊、流産、白血病やがんなどを発症する危険性があるため、雇用者の義務として被曝防止の手段を講じることを提案しています。
一方、日本ではこれまで労働安全に対する関心は高くなかったといえます。私は講演時にあるドクターから「抗がん剤に害があるということは、これまで聞いたことがない」といわれ、愕然とした覚えがあります。日本では医学教育で学ぶ機会が少なく、少し前までヘルスケアワーカーですら、正しい認識がなかったのです。
このような状況を改善するために、JNIOSHでは、抗がん剤を扱う際の安全性に関するプロジェクト研究に取り組みました。抗がん剤を扱うヘルスケアワーカーの尿を調べたところ、微量ですが、抗がん剤が検出され、日本でも曝露が起こっていることが確認されました。
2004年当時、ある病院では、マスクも付けてない通常の白衣を着た看護師が、ナースステーションで薬剤の調製を行っており、防護用に身に付けていたのは薄手の手袋のみという状態でした。その後、この病院は改善プログラムを実施し、BSC(生物学的安全キャビネット)を導入し、キャップ、マスク、ガウン、厚手の手袋を着用するようになりました。これにより無菌状態で調製作業ができるようになり、曝露は低減しました。こうした設備の導入は効果的ですが、さらにリスクを抑えるには、クローズドシステム(閉鎖式接続器具)を用いたり、室外への排気設備を備えたBSC(生物学的安全キャビネット)を導入することが必要になります。
今後の課題
2014年5月、日本でも「抗がん剤などに対する曝露防止対策について」という行政指導通知が出されました。BSCやクローズドシステムなどを導入し、活用することを推奨しています。私たちはがん拠点病院を中心に調査を依頼した結果、ハード面が充実している病院でも、ソフト面は、まだまだ十分とはいえませんでした。抗がん剤取扱いのリスクとハザードを医療現場でどのように理解すればいいのか、ヘルスケアワーカー自身が理解を深めることも重要だと思います。また、病院の規模別に一律な対応が可能かどうか、抗がん剤そのものの取り扱い規制の必要性など、まだまだクリアしなければならない課題が山積しています。
*甲田先生のお話を編集部でまとめたものです。