「胃がんの原因菌として脚光を浴びるピロリ菌」
2013年8月1日
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鈴木 秀和 氏 慶應義塾大学 内科学(消化器)准教授 同医薬連携消化器疾患研究室 研究代表者
胃炎や胃潰瘍、十二指腸潰瘍の発症にピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)が関係していることはすでに明らかですが、いま胃がんの原因としてもピロリ菌が注目されています。先ごろアメリカの医学雑誌『Cell Host and Microbe』にその研究成果を発表した慶應義塾大学医学部の鈴木秀和准教授(消化器内科)にお話を伺いました。
ピロリ菌が作る毒素の行方を追う
WHOの国際がん研究機関(IARC)は20年も前に、胃がんの疫学的調査に基づいて「ピロリ菌は最も強力な発がん物質」と認定しました。またスナネズミを使った日本での動物実験でも、ピロリ菌に感染して1年半ほどで胃がんが発生することが確認され、最近も「ピロリ菌を持つ人が胃がんになりやすい」という研究結果が報告されています。
このように「ピロリ菌感染」と「胃がん発症」には深い因果関係があるのに、胃がん発症の分子的メカニズムは不明のままでした。そこで私どもの研究チームは、ピロリ菌が作り出す「がんたんぱく質、CagA」が「がん幹細胞」に注入された場合の振る舞いを追求したのです。
空胞化毒素を作らない菌こそ悪玉
まず培養した胃粘膜細胞にピロリ菌を感染させて、細胞内でCagAの安定性を調べたところ、時間とともに減っていくことが判明しました。たとえピロリ菌がCagAを注入しても、細胞内のたんぱく質分解システム(オートファジー)によって排除されてしまうのです。
ピロリ菌はCagAとは別に、細胞の中に空胞を生み出す「空胞化毒素であるVacA」を作り出しますが、このVacAがオートファジーを誘導することも突き止めました。しかし、がん幹細胞の性質をもつ「CD44v9」を発現する胃がん細胞では、このCagA分解性のオートファジーが起こらないことがわかりました。
ピロリ菌感染から胃がん発症まで数十年かかり、また感染者の一部しか胃がんを発症しませんが、この理由の一つとして、ピロリ菌が、通常の胃の細胞ではなく、胃がん幹細胞の特性をもつ細胞に遭遇することが必要であったからだと考えられます。この研究成果からも、がんマーカー「CD44v9」の発現状況の追跡は、ピロリ菌感染に伴う胃がんの発症リスクや胃がんの再発リスクの評価に有意義であると考えられました。
胃炎にも承認されたピロリ菌除菌
日本人は胃がんの罹患率が高く、部位別死亡数では2番目に多いがんです。しかし胃には、ほかにも各種の胃炎や消化性潰瘍などいろいろな疾患があります。私どもの病院でも内視鏡(胃カメラ)で胃潰瘍や十二指腸潰瘍の有無を探って治療するだけでなく、長期的な視点に立って今後起こるかもしれない胃の病気の予測や予防にも努めています。
またピロリ菌に感染しているかどうかの検査は、胃の病気の予測に必須です。折しも去る2月、ピロリ菌が原因の胃炎(ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎)に対してピロリ菌の除菌治療が保険適用され、胃がん発症の予防にもつながると期待されます。
*鈴木先生のお話を編集部でまとめたものです。