「医療機器産業の発展に何が必要か~アメリカの成功例から学び日本へ提言(下)~」
2013年8月1日
- キーワード
池野 文昭 氏 米国スタンフォード大学循環器科 主任研究員 大阪大学医学部循環器科 招聘准教授
前号では、小回りの利くベンチャー企業の育て方、生かし方について述べたが、課題解決には医療従事者の協力も欠かせない。またアイデア創出に必要な頭脳は、数人一緒のブレーンストーミングが効率的だ。そして“卵を孵化させる”段階では大企業の助言力に期待したい。
医療従事者の協力でアイデア創出
革新的な医療機器を開発する中で、最も上流に位置し、最も重要なのがアイデアの創出であり、これが欠けていては何も始まらない。ところが医療機器のアイデアは、アンメットニーズ、つまり臨床で困っていることを見つけ、それに対するアイデアを創出することが重要であり、そうでなければ、本当に役に立つ医療機器は生まれない。いわゆる課題解決型の医療機器開発が重要なのである。
そこを突破するには、何よりも医療従事者との協力が不可欠である。ただ様々な事情により、それは難しい環境にあることは否めない。それに、このニーズ発掘はアイデア創出の前段階をパスしたことに過ぎないのだ。その次は、最も重要なニーズを満たす解決策を考え出すことであり、それが知的財産を生むことになる。
アイデアは、一人で考えていてもなかなか画期的なものは出てこない。それを出すためには、複数の人数で効率的なブレーンストーミングをすることが重要である。学生時代に習得していることが望ましいが、社会人になってからでもそのようなブレーンストーミングの訓練をすることはできる。遅くなったからと言って、決してあきらめてはならない。
重宝なインキュベーション会社
アイデアの創出が「イノベーション」ならば、アイデアを具現化し商品化していくのが「インキュベーション」である。その後の製造、販売、管理などは「オペレーション」であり、そこまで行けば多くは大企業にお任せしてもよいし、ベンチャーそのものが株式上場企業になることもできる。
シリコンバレーでもリーマンショック以降、ベンチャー単独ですべてを完結することは資金面で困難になっている。そこで、ベンチャー何社かが同じ傘の下に入り、独立できるまで一緒に開発していくスタイルをとる「インキュベーション会社」が重宝されている。
そこでの利点は、インフラの共用などであるが、最も重要なのは経験豊富なメンター(助言者)の存在であ ろう。ベンチャーキャピタル(VC)主導の開発では、VCそのものがメンターになることが多かったが、その視点はたいていビジネスに限られていた。しかしインキュベーション会社には、ビジネスだけでなく、エンジニア、または医療従事者のメンターも所属していることが多く、開発の様々な段階で多種多様な指導を受けることができる。このような成功者によるメンターシップにより、若手未経験の挑戦者が成功を勝ち取る可能性が上がるだけでなく、若手起業家そのものを医療機器産業の重要な人材に育て上げるという「人」のインキュベーションも行っているのが重要である。
最良の出口は大手による買収
出口のないベンチャーは、いずれ力尽きるのは明白であり、日本の医療機器ベンチャーのExitとして、買収というのが最も可能性の高い目標である。ただ日本には、いわゆる大手医療機器企業と呼ばれるものは数社しか存在せず、このExit戦略を起業当初から描いていなければ、途中で力尽きることになってしまう。
日本での医療機器開発には、超えなければならない高い壁が多く存在しているに違いない。しかしすでに国の舵は、医療機器産業の発展に向けて大きく切られたのも事実である。医師から医療機器産業に大きく舵を切った私は、また日本人として、我が人生の残りをこのテーマに挺身してくことを、先の大震災で命を落とされた同胞の皆様に誓いたいと思う。