「個別化医療」を支える「コンパニオン診断薬」
2012年12月1日
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藤原 康弘 氏 国立がん研究センター中央病院 乳腺・腫瘍内科長
ヒトの遺伝子配列(ゲノム)がすべて解読されてから、患者一人ひとりに最適な医薬品を投与する「個別化医療」の研究が進められてきましたが、その成果ががん治療の現場で発揮されはじめています。そこでカギを握るのが「コンパニオン診断薬」という検査キットのような体外診断薬です。特定の抗がん剤に“寄り添って”流通し、その効果や安全性を予測して最適用量まで決めてしまうという優れものです。
投与に先立ってハーセプテスト
その一例が乳がんに効く抗がん剤ハーセプチンの投与前に行う免疫染色の検査(ハーセプテスト)です。投与に先立って実施され、HER2がん遺伝子産物であるHER2タンパクが細胞表面に過剰に出ているかどうかを判定します。HER2タンパクが表面に過剰に出ていない患者の場合、ハーセプチンは効かないので、別の抗がん剤を選択することになります。
こうした個別化医療は今後、医療の質と安全性を向上させ、医療財源を効率的に生かせると期待されています。ところでハーセプチンのような分子標的薬は欧米各国で開発されてきましたが、やっと去る3月、日本で開発された「ポテリジオ」が加わりました。これは九州や四国に多発する成人T細胞白血病(ATLウイルス)に効く抗がん剤です。
これまで悪性黒色腫(メラノーマ)には優れた治療薬がありませんでしたが、アメリカで新薬ヴェムラフェニブが開発され、転移を有する患者に福音を与えました。特にBRAFというバイオマーカーに変異のある人にはよく効くのです。また、非小細胞肺がんに対する分子標的薬としてクリゾチニブが登場し、ほぼ5%の患者が投与の対象となります。ヴェムラフェニブもクリゾチニブも体外診断薬が同時に開発され、昨年8月に米食品医薬品局(FDA)からそれぞれ本体とセットで同時承認されました。これによりコンパニオン診断薬の重要性を世界中に認識させ、同時承認の流れが作られたのです。
再発しやすさや予後の推定まで
かつては病理医が顕微鏡でがん細胞の顔つきを調べて、がんかどうかを職人芸的に判定していましたが、バイオマーカーの臨床応用が普及してきたおかげで、治療方法やその効果判定に利用する検討も始まっています。今後は何千個もの遺伝子をチェックして、そのパターンから再発のしやすさを判定し予後の予測もできるようになるでしょう。
ただし遺伝子検査も万能ではありません。脳梗塞や心筋梗塞の予防に使う抗凝固剤ワーファリンを投与する際、「2つの遺伝子を調べると効きやすさが分かる」と基礎研究者は言いますが、遺伝子検査が意味を持つのは白人で40%、アジア人で24%程度です。臨床家はやはり患者をしっかり診療しながら至適投与量を探っていかざるを得ないのが実情です。
高価なキットにひとすじの光明
個別化医療の泣きどころは健康保険との関係で、遺伝子検査キットには2万5000円しか保険償還されないことです。乳がんの体外診断薬には自費で40万円ほどかかるので、誰もが利用するわけにはいきません。しかし厚労省もやっと重い腰を上げて、肺がん患者に対するALK遺伝子検査に6万5200円をつけました。また、成人T細胞白血病治療薬ポテリジオの投薬前検査に10万円という高い薬価が認められ、ようやく光明が見えてきた感じです。
ただ、今後、導入されてくる高価なゲノム情報のコンパニオン診断を皆保険制度にどう取り入れて行くのかは重い課題です。
*藤原先生のお話を編集部でまとめたものです。