冠動脈CTの現状―切らずに人体を診る
2008年10月1日
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林 宏光 氏 日本医科大学放射線科准教授
治療は人体の内部がどのようになっているかを知ることが重要ですが、これが実現したのはわずか110年前のことです。ドイツのレントゲン博士によってX線写真が開発され、切らなくても人体の内部を見ることができるようになったのが始まりで、近年この分野の技術が急速に進んでいます。
当初は平面的な画像しか得られなかったのですが、CTの開発によって画像を立体的に表示することが可能となり、1998年にはマルチスライスCT(MDCT)として0.8秒間で1回転し、4枚撮影が可能な機種が登場し、2004年には0.35秒に1回転し、64枚撮影にまでその機能は向上しています。
MDCTの臨床応用は全大動脈の評価、閉塞動脈硬化症の診断、頚動脈狭窄、小児複雑心管奇形の診断などがありますが、特に効果的なのは冠動脈狭窄とプラークの診断です。血液検査ではわからない、血管の病気の進行がわかるのがMDCTの大きな機能といえるでしょう。
これまでの冠動脈の画像診断では、カテーテルを用いた血管造影を行うことが一般的でした。実際に年間54万件の造影のうち約7割は診断が目的であり、できるだけ検査による患者さんへの負担を減らすことが必要とされています。また血管造影では将来の心筋梗塞の発症が予測できない、動脈硬化病変内の性状判断が困難などといった問題があり先進医療技術としてのMDCTの普及が望まれています。
短時間で多様な診断が可能に
実際の冠動脈のCT検査は患者さんのポジショニング、心電図装着、呼吸停止練習、スキャノグラム撮影、撮像範囲の決定といった順序で進みます。造影を経て最終作業が画像解析、作成、報告となりますが、64枚撮影タイプではこの間の時間はわずか30分くらいです。これを血管造影の検査所要時間6時間と比較すると大幅な短縮になり、また穿刺も造影が動脈であるのに対してCTは静脈、X線被曝量も最新の方式では少なくできるようになってきました。また検査費用も造影の半額以下ですみ、患者さんの負担は大幅に軽減されるといっていいでしょう。
冠動脈CTによって評価できる項目は、冠動脈狭窄、プラークの性状、治療後の状態、先天性冠動脈異常、川崎病・高安病の冠動脈病変など多岐にわたり、急性心筋梗塞や不安定狭心症の原因となるソフトプラークや石灰化も分かります。
X線被曝量も大幅に減少、“治療戦略決定の手段”に
人体の内部を検査するにはX線による診断は非常に効果的ですが、一方で被曝の問題があります。心臓検査を例にとると、血管造影ではX線被曝量は5から10ミリシーベルトであるのに対し、これまでのCTでは7から21ミリシーベルトと多いのです。これはX線ビームが重なることや画像が必要でないときにも曝射することが原因でした。しかし昨年に“シャッター方式”ともいえる、画像が必要なときだけX線を曝射する方法が導入され、被曝量は8~9割削減されました。こうした低侵襲化と診断能力の向上によって冠動脈以外にも、例えば冠動脈と大動脈や、足の血管の病変についても一回の検査での評価が可能となってきました。
診療報酬の面からでは、平成20年度の診療報酬改定で、「冠動脈CT撮影加算」として保険収載が認められることとなりました。64スライス以上という装置基準のほか厳しい施設基準が設けられましたが、先般7月に基準が一部緩和され、比較的多くの施設で認められるようになったことは歓迎できます。
このようにマルチスライスなど装置本体の進化、撮影方法の改良、診療報酬制度の新設などの環境整備により、CTの役割はこれまでの「診断のための検査法」から「治療戦略決定のための手段」へ移行しつつあるといえるでしょう。
日本でも関係者の方々のご努力により、先進医療機器の申請から認可までの期間が短くなりつつありますが、まだ立ち遅れている面もあります。X線の曝射の方式が日本の法律に適合しないといった実質的に意味のない規制によって、一度下りた認可が延期になったという事例もあります。
MDCTは心臓血管疾患の診断における重要な役割を担うことになると思われますので、日本の医療現場において先進医療機器の導入が遅れることがないよう、関係機関にお願いしたいと思います。