一般社団法人 米国医療機器・IVD工業会

AMDD logo

一般社団法人
米国医療機器・IVD工業会

患者団体

届けたい先進医療は、いま直ぐ必要な人へ

2011年8月1日

キーワード

橋本 明子 氏  NPO法人血液情報広場・つばさ 理事長 / 日本骨髄バンク(骨髄移植推進財団) 常任理事 / がん電話情報センター 相談主任 / つばさ支援基金 代表

「日本にも全米骨髄バンク(NMDP)のようなものがあれば、息子さんの病気を治せるのですが」と、担当医が言ったのは1987年のことでした。10歳の息子が慢性骨髄性白血病(CML)に罹患し、1人いる妹とのHLAが一致しないと判明した時です。その頃、骨髄移植でしかこの病気を治せませんでした。骨髄移植にドナーの存在は不可欠です。当時、全米骨髄バンクがアメリカで発足したばかりでした。

私は直ぐに、厚生省、国会、マスコミに訴え、日本全国で「日本にも骨髄バンクが必須」と説いてまわりました。間もなく「骨髄バンク設立要求運動」は日本中で有名な社会運動となり、77万人分の署名が集積され、国会を動かしました。

しかし1991年12月に日本骨髄バンク(JMDP)が発足し、その稼働開始のニュースが流れた3ヵ月後に、息子は亡くなりました。間に合いませんでした。

以来、血液がんと小児がんの領域で患者支援活動を継続していますが、私が常に心に命じているのは「届けたい先進医療は、いま直ぐ必要な人へ」という事です。

ところで2001年、CMLにびっくりするほど効果的な薬(分子標的薬)が開発されました。それ以来9割以上の患者さんが、元気に寛解を維持しています。しかし薬が高価であることと、日本経済の悪化とが相乗して、せっかくの薬が買えない人が発生するという事態となりました。そこで2009年、政府に「高額療養費制度を見直してほしい」という提言をする傍ら、2010年につばさ支援基金を発足させました。この時のコンセプトも同じです。「そこにある効果的な医療は、全ての必要な人へ」。

また、がん電話情報センターでは「移植で治ったのは嬉しいが、3年経ってもしびれがとれない」「抗がん剤治療のあと味覚障害が残ったまま」「移植後に足が不自由になった」等々、本当に辛そうな声が増えました。ただ見方を変えれば、患者さん本人から「治療後の不具合」についての声が増えたということは、治療成績が向上したからこそでもあります。

そんな中、今春の日本造血細胞移植学会のある講座で聴いたのが、アメリカでECPという「骨髄移植によって発生しがちな障害」を軽減できる医療機器が開発され、既に多くの先進国で移植患者さんに使われているという報告でした。これはすばらしい、と思いました。

生きよう、という患者さんの強い意思・希望は、必ず「治そう」という医療や創薬の努力と出会います。皆で見る夢は叶う、と言いますが、また1つ患者さんを「より良く治す」ための夢がそこに見えてきた、と思っている処です。

医療技術・IVDをめぐる声一覧に戻る
pagetop