匠の技を生かすために
2012年10月1日
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多賀谷 克彦 氏
朝日新聞大阪本社 編集委員
「そもそもは、船舶用の注油器などが得意の工作機械の会社。医療機器に参入して8年。事業化の目処が立てにくい分野」。滋賀県栗東市の山科精器の大日常男社長は、新規参入分野の難しさを語りつつも、表情には達成感もうかがえた。
6月中旬、大阪市で開かれた政府の「関西イノベーション国際戦略総合特区」の採択案件の記者会見。同社は、大阪大学大学院の中島清一助教(消化器外科)と組んだ洗浄吸引機能、電気メスを備えた直径2.5ミリのカテーテルが評価された。
中島助教らのチームは、アドバイザー役に富士フィルムが加わるが、山科精器のほか4社は中小企業で構成される。胃や腸を自動的に膨らませて処置しやすくする定圧送気システムなどと併せ、次世代内視鏡として、世界標準を目指す。
どの企業も、優位性を失いつつある日本のものづくりへの危機感から医療機器に参入した。明日の飯の種は何か。企業規模の大小を問わず、日本のメーカーが抱える課題だ。
医療機器は成長分野と位置づけられ、多くの中小企業が自前の技術を生かしたいと期待する分野。だが、新規参入の壁は厚く、高い。山科精器で参入当初から開発を担当する保坂誠氏は「中島先生と出会えなければ始まらなかった」と明かす。
新規参入者が臨床のニーズを知る機会はほとんどない。山科精器が貴重な情報を得たのは、大阪商工会議所が9年前からほぼ毎月開催している「次世代医療システム産業化フォーラム」。大手を含む企業の担当者を前に、医師が自らが求める技術を発表する。今年度の登録社数は170社を超える。
薬事法の取り決めが、医療機器の審査に適していないことは指摘されて久しい。それだけではなく、こうした臨床と技術を結びつける機会、また薬事申請の手続き、試作品の製作を請け負うようなサービス企業の育成が日本の中小企業の技術を医療に生かすことにつながる。
先例は米国ミネソタ州にある。医療機器の開発に携わる様々な企業、大学、弁護士、医療機関が結びつき、医療機器クラスターを形成している。大商は2010年からミネソタ州と提携関係にあり、中島助教らの内視鏡もこのルートを生かして、米国市場での販売も検討中だ。
大商のフォーラムを機に、具体的に開発が進んでいる案件は、中島助教らの案件も含め、123件に及ぶ。ミネソタのほか、シンガポール、ドイツとの提携も始まっており、中小企業の匠の技が世界の医療に生かせる日もそう遠くないはずだ。