一般社団法人 米国医療機器・IVD工業会

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報道・医療関係者

医療の改革は医療提供者が活動しやすい環境から

2012年4月1日

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林 良造 氏
東京大学公共政策大学院教授

 

優秀な医療人材と抜群の研究開発力・技術力に恵まれた日本が、なぜ医療分野の製品競争で欧米諸国に先を越されたのか――この挽回策などについて東京大学公共政策大学院の林良造教授に解説していただきました。

世界各国は医療を産業として注目

20世紀後半からのIT、バイオ、ナノ分野の技術革新と、その医療現場への応用への展開には目を見張るものがある。低侵襲性の新たな技術は、治療法を変え、患者の予後・QOL(生活の質)を大きく変えた。そして高齢化の進展も相まって、主要先進国においては医療分野が急拡大していった。この結果として各国は、医療分野を社会保障の側面だけではなく、経済成長をけん引する産業として注目することとなった。

このような認識のもとに、各国政府は新たな技術の早期実用化とサステナブルで公平・容易なアクセスを提供するという社会保障上の政策課題の実現にあたって、従来のやり方の延長ではなく医療分野の産業としての発展を視野に入れた様々な新たな手法を探りはじめた。

優等生的な日本が大きく立ち遅れ

その中にあって日本の医療は、長らく国民皆保険制度のもと、低い国民負担で長い平均寿命を実現するという、先進国の中で優等生的なパフォーマンスを示してきた成功体験もあって、このような変化に立ち遅れるところとなった。日本は優秀な医療人材を抱え、世界をリードする研究開発能力と技術力を有する製造業を持つにもかかわらず、発展の著しい治療分野の製品の競争力の面で米国やドイツに比して大きく立ち遅れることとなった。

さらに政策転換の立ち遅れの影響は、医療産業の競争力にとどまらず、ドラッグラグやデバイスギャップのように最新の医療が提供されない状況を生み、救急医療の現場で医師不足が深刻化するなど医療資源の配分の歪みをもたらし、医療現場の荒廃にも目に見える影響を与えはじめた。

様々な主体者の試行錯誤が原動力

このような事態となった背景には、医療を巡る環境の変化の認識・理解の遅れがある。20世紀後半の技術革新の波と、それと同時に進んだグローバリゼーションは、あらゆる経済活動、産業活動のパラダイムを変えた。インターネットに代表されるように、技術や制度に関する情報伝達のスピードは瞬時ともいえるようになり、技術のシーズと様々な現場のニーズを結びつけ、そこに資金も流れ込むことで技術革新のスピードを一層加速することとなった。また企業・個人など様々な主体は、政府の政策選択に対して、快適な制度環境のところに自由に移動し、活動場所を選択するようになってきている。

現在の一国の医療の提供でも、同様のダイナミズムのもとに医師、病院、企業、患者など多くの主体がかかわり、それらが様々な制度のもたらすインセンティブに反応し、それぞれの立場から創意工夫を凝らし、試行錯誤を繰り返すことによって全体が形作られるようになっている。

これを政策側からみると、医療を巡る質の向上に最適な様々な医療主体が自ら考え行動を起こし移動していくという前提で考えていく必要が出てきたことを意味する。中央の指令室で細部に至るまでの設計と統制を行うのではなく、それらの活動を総体として活発化させ、望ましいところにリードしていくような制度設計が求められることになる。

その際最も肝要なことは、様々な制度・政策が、合理的で裁量を排除した、データに基づいた予測可能なものであることである。そのような環境は、医療提供者に活動しやすい環境を提供し、その集積と質の向上をもたらし、それが患者を引き付けるという好循環が、医療の「場」を活発で大きなものとする。

裁量的な制度から科学的な制度へ

医療の提供は、従来から公的側面が強く、有効で安全な医療を安価に提供するという目的のもとに、様々な制度枠組みのもとで行われてきた。新技術の提供に先立ち安全性・有効性を確認するための審査承認、一定の負担で広く国民が裨益できるような公的保険制度、各地域の住民に必要十分な形で医師・病院などの提供を保障するための国家制度、医療事故や医療の不提供に伴う被害の負担を決める法的枠組みなどがある。

これらは様々な利害調整の側面を持っており、情報公開の原則の確立していないところでは、当事者に不満の声を上げさせないために、次第に不透明で裁量的なものへと変質していった。これからは、これらのすべての点で制度の目的を再確認し、裁量的なものから透明で科学的・予測可能なものに変えていく必要がある。

病院や医師の配置もバランス良く

例えば、審査承認制度では「安全」か「危険」かのドグマによって極限までの安全性を追求することが目的ではなく、事前の安全確認と早期の実用化のバランスをどのように取ることが社会の便益を極大化につながるかという問題であることが次第に明らかになってきている。また診療報酬制度などでは、高齢化が進む中で、技術開発の促進、アクセスの容易さと医療費の膨張抑制という3つの目標を同時に追求することが求められるようになった。このため公的保険制度をとっている国では、恣意性を排した価値に見合った価格を追求することにより、価格のシグナル機能を意識した制度設計が求められるようになってきている。

病院や医師の配置にしても、様々な規模と専門性を持つ主体が全体として地域の医療ニーズを充足するよう、バランス良く専門性や配置コストの点で最適になるように常に働く仕組みづくりが求められる。さらに、医療過誤についても過失者の処罰が目的ではなく、その被害者の補償、再発防止について工夫され、医療提供者にとってもリスクと報酬が見合った設計になる必要がある。

ようやく緒についた改革の試み

我が国にあっても、この数年の間に社会の関心も次第に高まり、様々な改革の試みも始められている。例えば、審査についてはPMDA(医薬品医療機器総合機構)の人員増強と質の向上対策、診療報酬についても既得権の間の調整に終始するのではなく、欧州で急速に進んでいるHTA(医療経済評価)の考え方の日本の診療報酬制度への適用も課題に上るようになってきている。DPC(診断群分類別包括制度)への参加医療機関が増大することにより、具体的な医療圏での疾病の基礎データや医療機関の間の分担関係など、様々な実態や問題点が浮き彫りになってきている。さらに、医療の質の品質管理との観点から医療行為や医療機関の運営にあたっての標準化の基礎データもそろい始め、無用の医療事故の防止につながることが期待されている。

全体像を共有した工程表が不可欠

このように、いわば部品はそろいつつあるが、これらがまだ全体として効果を発揮するには至っていない。審査承認システムでは、改革のスピードや具体的設計における工夫についてはまだまだ遅れが目立ち、他国のトップクラスのクラスターと比肩するようなものとは言いがたい状況にある。

診療報酬制度についても、決定プロセスにおける科学的合理性の追求やプロセスの透明化にはまだまだ至っていない。過剰な病院と過小な医師数による医師不足、専門性の不足、治験の困難性、流通コストの増大も続いている。刑事責任制度は、法的リスクによる不必要な委縮の可能を残したままとなっている。このような事態の解決を加速し、世界と競争しうるような良質の医療の提供のためには、これらの問題について全体像を共有した工程表を作り、それを着実に実行していく体制が不可欠である。

現在、内閣のイノベーション推進室において様々な試みがなされている。これが縦割りの弊害を排し、政府の各部署による様々なミクロ的な介入を排することで、日本の潜在力を発揮できるような環境を作り上げることを期待したい。日本には、豊かな高度医療の消費者、優秀な医師、強力な製造業があり、制度設計を改革することにより大きな成長機会が待っている。

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