「医療機器の革新評価に新たな視点を」
2010年9月1日
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矢野 寿彦 氏
日本経済新聞社 編集局科学技術部 編集委員
日本経済新聞は6月、科学技術面で「ニッポンの医療機器成長産業への壁」という企画記事を連載しました。国がもくろむように、人工心臓やカテーテルなどの分野で後れをとる日本勢が欧米勢に追いつき、医療機器(器具)がほんとうに競争力のある産業に育つかどうかを探るのが狙いでした。
取材でうかびあがってきたのは、公共性の色合いが極めて濃い、国民皆保険で成り立つ日本の医療では、そもそも医療機器や創薬を成長産業として位置づけていいものかどうかという疑問です。
日本の医療費はおよそ34兆円。今後も高齢化の進展で毎年1兆円前後の増加が見込まれています。確かに医療を産業としてとらえれば、これほど成長が確実で魅力的な市場はありません。
ただ、ほかの産業と大きく違うのは市場に投入される原資が基本的には税金、保険料、患者の窓口負担でしかありえないという点です。「命を救う」だけの視点からコストを度外視した技術革新(イノベーション)を推し進めると、必ず将来、医療費高騰という形で社会負担として跳ね返ります。
兆しはでてきています。次々と登場する新タイプのがん治療薬。たとえ延命効果しか期待できないとしても、患者やその家族からすると、喜ばしい。しかし、薬代は月数十万円、へたをすると100万円を軽く超します。高額療養費支給制度を使えば患者負担は一定額を超えませんが、国民負担にかわりはありません。健康で病院とは無縁の人からみれば驚くような金額です。最新のバイオ技術を駆使しているとはいえ、ほんとうに適正な価格なのかどうかの議論は大事です。似たようなケースは先進医療機器の分野にもあります。
健康はお金に変えられないかもしれません。ただ、世界にたぐいまれな長寿国としては、きちんと「命の値段」を議論しておかないと、ツケが次代に回るだけです。
医療機器開発で「難病を克服する」「患者の負担を軽くする」という目標はもちろん最優先されるべきです。ただ、同じ機能を安く実現する技術も医療機器では新たなイノベーションになりえます。日本の医療機器市場には、この点を正しく「革新」と評価する仕組みが必要になるでしょう。