医療機器の「ラグ」は認可後まで
2009年9月1日
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田辺 功 氏
医療ジャーナリスト、元朝日新聞編集委員
日本の医療機器、医薬品の認可が遅い、という「タイムラグ」はよく知られてきましたが、認可後のタイムラグも困ったものです。
大きく開腹する代わりに小さな穴を開け、そこから内視鏡や器具を挿入して手術する腹腔鏡治療は、患者の負担が軽くなる画期的な手術です。日本では仏独より約3年遅れの1990年から胆のう摘出手術が始まりました。私が『先生、私のおなかを切らないで』と題する本を出版したのが1994年末です。そのなかで近い将来、消化器外科の6割は腹腔鏡手術に変わり、いずれは臓器移植や進行がんを除く手術のほとんどは腹腔鏡でできるようになる、と予測しました。
20年近くたってどうでしょうか。厚生労働省の患者調査(2005年)によると、同年9月の退院患者では開腹手術を受けた人6万4000人に対し、腹腔鏡手術は1万2000人。腹腔鏡は16%にすぎません。胆石胆のう手術では7割が腹腔鏡ですが、他の手術では依然として開腹手術が主流のままです。
理由はいろいろ浮かびます。国は技術も難しい腹腔鏡治療に必ずしも有利な診療報酬を配分していません。古くからの開腹手術を制限もせず、共存させています。技術習得も医療機器メーカーの講習が中心で、機会は十分とはいえません。よほど腹腔鏡治療に惚れ込む医師がいれば別ですが、医療崩壊の時代、医師や病院が新技術を導入する余裕はあまりないでしょう。新技術は常に少数の医師から始まるので、その技術を知らない医師が大半の医療界は、懐疑的で抵抗しがちです。新技術の登場で旧技術の機器が売れなくなることもありうるので、医療機器業界も複雑です。腹腔鏡治療の失敗で患者を死なせた医師が2003年に逮捕された東京慈恵医大青戸病院事件が「危ない技術は敬遠」の風潮を作った可能性もあります。どんなにいい治療もほとんど普及しないままに終わる、という可能性さえあります。
日本は欧米諸国に比べ、国にも医療界にも医師にも「患者のために」の考えが希薄な感じがします。成り行き任せだと、どうしてもラグが生じます。
画期的な新技術は「患者のために」国や医療界がもっと後押しすべきです。常時、新技術普及のための講習会を開く第三者機関が必要ですし、国は勉強する医師や導入する病院を補助したり、普及を速めるための診療報酬を考えてほしいものです。