経営戦略としての健康経営
2018年1月1日
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尾形 裕也 氏
九州大学名誉教授
健康経営の最近の動向
健康経営―欧米ではすでに20~30年前から展開され、広く認知されているが、日本でこの言葉が知られるようになったのは、ここ数年のことだ。安倍首相の政策の柱、アベノミクスで健康経営が取り上げられてからようやく市民権を得てきた。
そんな状況下だが、注目すべき動きは「日本健康会議」である。日本健康会議とは行政支援のもとで、国民の健康寿命延伸と適正な医療に実効的な活動を行うために組織された活動体で、経済団体、医療団体、保険者などの民間組織や自治体が構成している。
会議では2020年までに努力すべく、8つの活動指針を掲げている。中でも「健康経営に取り組む企業を500社とする」、「健康宣言に取り組む企業を1万社にする」など具体的な数値をあげての宣言は重要だろう。500社は大企業について、1万社は中小企業についての数を示している。2017年現在では健康経営に取り組む企業は47%だが、健康宣言は121%と2020年を待たずに達成している。
日本では徐々に広がりを見せている段階だが、欧米では新たな動きがある。「疾病モデル→生産性モデル」へと概念の転換が起きている。健康経営を単なる健康問題としてとらえるのではない。「Health and Productivity Management」――健康と生産性を同時にマネジメントすることが、健康経営なのである。しかも、健康経営に熱心な企業は業績がいいというアメリカでの研究報告もあり、健康経営は、もはや企業にとっては取り組まねばならない重要な経営問題になってきたのである。
健康経営の支援
数年前から経済産業省は東京証券取引所の上場企業の中から健康経営銘柄の選定を行うようになった。1業種1社を、20数社が認定されているが、企業はこれにより優秀な人材の確保という大きなメリットが生まれた。
ただし、1業種1企業なので、業種によってはレベル差があり、優良なのに選から漏れてしまう企業もある。また、中小企業も対象外になってしまう。そこで2017年度から上場企業に限らず、優良な健康経営を実践している法人について、「健康経営優良法人(ホワイト500)」として認定する制度をスタートさせた。現在、健康経営優良法人は大企業235法人、中小企業は318法人が認定されている。
中小企業にどのように健康経営を取り組めばいいのかをアドバイスをする健康アドバイザー制度もはじまり、保険者との連携をするコラボヘルスのガイドラインも2017年に厚生労働省保険局から出された。このように各方面から取り組みを支援する動きが広まっている。
健康経営の今後の行方
私の所属していた東大健康経営研究ユニットでもこの問題の実証に取り組んでいる。アメリカの健康関連総コストで、もっとも大きなコストを占めるのは医療費ではなく、プレゼンティーイズム(出勤していても、心身の健康上の問題により充分にパフォーマンスを発揮できない状態のこと)である。日本の健康関連総コストでは医療費の割合がアメリカよりは少ないが、基本的な構造は変わらず、プレゼンティーイズムが一番大きい。プレゼンティーイズムでもっとも高いリスクは、メンタルや仕事満足度など、心理的要因が多くを占めることもはっきりしてきた。
社会学者、尾高邦雄氏のいう日本的経営の特徴は「業務以外の私生活まで及ぶ従業員福祉への温情的配慮」だが、実はこれこそが健康経営のベースなのではないかと私は思う。雇用の安定性、人事の柔軟性、従業員の会社一体感の育成など、旧態と考えられていた日本的経営だが、意外にも健康経営の概念と合致する。ただし、欧米との大きな違いは、エビデンスに基づいているか、否かということだ。
今後は健康優良法人の「ホワイト企業」を増やしていくために、エビデンスを蓄積させ、PDCA (plan do check act)サイクルを回していくことが必要だと思われる。中小企業にとっては負担が大きいので、健康経営アドバイザー制度の利用など、アウトソーシングの活用を積極的に促していきたい。
全米病院協会報告書の勧告では、健康経営はあくまで組織文化に根付いたものにすること、ROI(費用対効果)を測定すること、持続可能性を重視することとある。最後の持続可能性の重視は、まさに今盛り上がろうとしている日本への勧告とも受け取れる。
今後、超少子・高齢化社会、人口減少社会を迎える日本にとって、医療や介護の在り方は喫緊の問題だが、私は健康経営は大きな切り札になりうると考えている。