一般社団法人 米国医療機器・IVD工業会

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第2集

骨の病気-数時間後には ちゃんと歩ける

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まさか自分が背骨を骨折するなどと考えたこともなかったのに、合わせて3回も骨折を経験してしまいました。

最初のときは、単なる「ぎっくり腰」と思って整体院に駆け込みましたが、症状は改善されません。そこで整形外科医院を受診しなおし、X線写真によって「脊椎圧迫骨折」と診断されました。1カ月ほど腰にさらしを巻いて静かに暮らしていたら、痛みはだんだん治まってきて、ある程度は動けるようになりました。

でも、2年たっても軽い痛みは残ったままなので、別の整形外科医院を受診したところ、「お年ですから、腰の痛みくらいは仕方がないでしょう」と電気治療をしてくれただけでした。骨粗しょう症の話も出ずじまい。しかし私は「この痛みは普通ではないな」と感じ、今度は脊椎の専門医に診ていただくことにしました。

N.Y.さん
(69歳・女性・東京都)

従来型の脊椎固定術を体験

その病院ではCT検査(コンピューター断層撮影)のあと、原因特定のために別の脊椎専門医を紹介してくださいました。この先生が最終的に手術をしてくださることになるのですが、予約がいっぱいで診察までに2カ月待たされ、ようやく「骨粗しょう症性脊椎圧迫骨折」と診断されたのです。

そのころには腰の痛みに加えて脚のしびれも出ていたため、入院して「脊椎固定術」を受けました。この手術でいったんは良くなったのですが、術後の経過がはかばかしくなく2カ月ほど入院、そのうち1カ月は寝たきりの生活を送らねばなりませんでした。食事のときも寝そべったままで、自尊心を保つことさえ難しい入院生活でした。痛みが続く上に筋力も低下し、歩きもゆっくりになってしまったのです。

その後、2回目の骨折を経験しましたが、この時は装具療法が中心で、安静にしているうちに痛みは治まってきました。しかしその3カ月後に3回目の骨折に見舞われます。痛みは日に日に増強して、10メートル歩いては休み、また歩き出すといった苦境に陥りました。

先生は「時期がくれば骨がついて良くなるはず」と励ましてくださいましたが、「もう治らないのかもしれない」と絶望的な気持ちになったとき、病院の掲示板で「背骨の病気に対する新しい治療法」の公開シンポジウムのポスターに目が留まりました。もう矢も盾もたまらず、自分で車を運転してシンポジウムに参加しました。駐車場からは足をひきずりながら歩いて、やっと会場にたどり着くという有り様でした。

そのシンポジウムで経皮的椎体形成術の一種である「BKP治療」を知り、「ぜひ、その治療を受けてみたい」と主治医に相談したところ、「うちでは実施していないので、紹介状を書きましょう」と快く応じてくださったのです。こうして訪ねたのが、当時函館中央病院に勤務されていた戸川大輔先生でした。

骨セメントの充填で劇的に回復

戸川先生はアメリカでBKP手術を習得され、多くの治療経験をお持ちだと聞きました。この治療法は従来の治療法と違って、つぶれてしまった骨をできるだけ元の形に近づけ、骨セメントを充填じゅうてんして安定化させるという治療でした。

戸川先生の手術は、1回目の腰痛後に受けた脊椎固定術とは大違いで、まさに衝撃的でした。手術の数時間後に先生が病室に来られて、「起きてごらん」とおっしゃるのです。「大丈夫かな」と心配でしたが、起き上がれただけでなく、もう一人で歩くこともでき、しかも痛みはまったく感じません。

翌日には、一人で病院を出て2時間ほど市内を歩き、食事までして戻りました。そして3日目には一人で荷物をひきずっての退院です。函館のお土産をいっぱい買い込んで飛行機に乗り、再び東京へ生還することができました。空港まで迎えに来てくれた家族もびっくり仰天。入院する前までは10メートル歩くごとに立ち止まっていたのに、1週間もたたないうちに一人でお土産をかかえて帰ってくるまでに回復したのですから。

とにかく「手術を受けた」という実感が全然わいてこないのが不思議でした。それまでに受けた手術とは、まるっきり違っていたからです。手術は短時間で終わり、出血もほとんどなく、長く続いていた痛みもすぐに消えてしまったのです。何の心配もせずに以前の生活に戻ることができ、海外旅行も再開しました。動けずに悲観していたことなど忘れてしまい、人生のゴールも変わってきたような気がします。

今にして思えば、痛みを年のせいにせず、あきらめなかったことが幸せにつながったのです。最初に骨折したとき、入院覚悟で本気で治療をするべきでした。病気の本当の怖さを知らなかったため、「安静しかない」と言われれば、さらしを巻いただけで良しとしていたのです。

70歳でも80歳でも、元気であれば人生をエンジョイすることができます。適切な時期に適切な治療を受けるためには、まず病気について正しい知識を持ち、治療の選択肢を知ることが大切です。痛みが続いている方には、できるだけ早く専門の医師を訪ねて、きちんとした診断を受けることをお勧めします。

私のライフワークは楽器の演奏で、その合間を縫って年に数回は国内外の旅を楽しんでいます。おいしい物を食べることが大好きな私にとっては、苦痛なくキッチンに立てることが何よりの喜びなのです。

【担当医からのひとこと】

即効性・低侵襲性のBKP治療

N.Y.さんは、私が初めて診察させていただいた時点で、すでに3カ所の椎体を骨折されていました。最初の第1腰椎の椎体骨折は、骨癒合が起こらないまま押しつぶされた骨が神経を圧迫したため、脊柱前方からの除圧固定術を受けておられましたが、2カ月もの入院生活を強いられたそうです。

次に受傷した第4腰椎の椎体骨折は、幸い数週間の装具療法によって痛みが緩和したようですが、3つ目の第3腰椎の椎体骨折は3カ月の硬性装具療法でも十分な骨癒合が得られず、体を動かすたびに痛みが発生する状態でした。CT画像には、第3腰椎の椎体の中央に骨硬化部位があり、その上下にクレフト(空洞)が認められ、またMRI検査でも骨癒合不全が推定されたため、この部位が体動に伴う痛みの原因であると診断しました。

「バルーンカイフォプラスティ(BKP)治療」は、このような従来の骨粗しょう症性椎体骨折に対する保存療法が無効であり、なかなか治りづらい骨折に伴う体動時の腰背部痛がある方には有効な治療であると言えます。長期入院の苦痛をもう味わいたくないというN.Y.さんに、このBKP治療の低侵襲性および即効性について説明し、充分に理解していただきました。

N.Y.さんの骨折は同一椎体内に骨硬化部を挟んでクレフトが2つある特殊なケースだったので、骨硬化部の骨を削ってクレフトをつなぐという工夫が必要でしたが、手術は順調に終わりました。手術から1時間後には手術創部の痛みも消え、起きたり歩いたり、さらにお辞儀をしても腰や背中に痛みが出ないことが確認されました。

BKP治療が正式に保険収載された約2か月後の治療でしたが、この治療がN.Y.さんの希望に沿った短期間の入院でできる低侵襲治療であったことを改めて実感しました。

戸川 大輔 先生
浜松医科大学附属病院
整形外科 診療助教

■ BKP治療法

脊椎圧迫骨折でつぶれた椎体を元の形に近づけ、椎体を安定させて痛みを和らげる治療法。バルーン(風船)状の手術器具や医療用充填剤(骨セメント)を使う。1990年代に米国で開発され、世界で80万件以上の脊椎圧迫骨折に対して行われている。日本での治験でも安全性と有効性が確認され、2010年に承認、11年から保険適用となった。1時間以内の手術で早期に痛みが軽減され、生活の質(QOL)の向上につながる。「BKP」はBalloon Kyphoplasty(バルーン・カイフォプラスティ)の略。

写真:BKP治療法
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